09. 嘘の顔


「アンタ、よっぽど嫌われてるのよ」
「なんで俺限定なんだよ!姉ちゃんかもしれないだろ!!」

名前ちゃんが屋上から出て行ったあと、呆れたように姉ちゃんに呟かれ、俺は歯茎を見せて反論した。
炭彦と俺の連携プレーのお蔭で何とか屋上まで連れてくる事は出来たけれど、手ぶらでやってくる彼女に気付くべきだった。
顔を見れただけで呑気にテンションが上がってしまうなんて、馬鹿もいいとこだ。

それでも「また誘って」と言っていたから、明日も誘おう。
明日こそ一緒にお昼を食べるんだ。
名前ちゃんはお手作りのお弁当なのかな?その内もっと仲良くなったら、俺のお弁当を作ってくれたりしないかな?
様々な妄想に耽っていると、横で姉ちゃんとカナタの冷たい視線を感じたので、現実へと舞い戻る。

「ほんと気持ち悪いわ。精々これ以上嫌われないようにしなさいよ」
「だから何で嫌われてる前提なんだよ!! あんなにニコニコしてたじゃんか!」
「まあ、顔は笑っていたけどね」

珍しくカナタが間に入る。
何か言いたげではあるけれど、どうせこいつらリア充は非リア充の俺を馬鹿にすることしか頭にないだろう。
今に見てろよ、俺もリア充になってやるからな。

「それより、炭彦遅いね。名前ちゃん?だっけ、あの子を呼びに行った時、教室に居たんでしょ?」

姉ちゃんが屋上の扉の方を見ながら言う。
そうだった、炭彦の事忘れてた。

「すぐ来ると思うよ、先行っといてーって言ってたし」
「ふーん」

名前ちゃんの教室に行った時に、後ろに見えた炭彦は口パクで「先に行って」と言っていた。
何か用事でもあるんだろうな。
まあ、大した用事じゃなかったら、すぐ来るだろ。

そんな事を話していた時、バンと勢いよく屋上の扉が開いた。
肩を大きく揺らした炭彦がそこに立っていたので、遅かったなと声をかけようとした。けど、それよりも早く炭彦が俺達を見て叫ぶ。


「苗字さんが倒れてる!!」


え?
言葉の意味を理解する前に、炭彦の身体の後ろに見えた横たわる影。
足の上に置いていたパンを落とし、俺はすぐに駆けよった。

「名前ちゃん!?」

階段の上で手すりにもたれ掛かるように身体を倒した名前ちゃん。
眉間に皺を寄せ、苦悶の表情だ。
そっと額に触れると、体温計がなくても分かるぐらい熱い。

「何で…体調悪かったの…?」

だって彼女はそんな事言ってなかった。
いつもと同じ顔をして、俺の後ろにいた。

…いや、そんな事を考えても仕方ない、今は保健室だ。
ゆっくりと俺は名前ちゃんの身体を抱き上げ、お姫様抱っこをしようとした。
途端に下がる俺の腕。
別に名前ちゃんが重いわけじゃない、ただ俺の腕力が無いだけ。

「この貧弱!危ないから背中にしなさい!」

後から飛んできた姉ちゃんに促され、俺は諦めて名前ちゃんを背中に背負う。
苦しむ吐息が耳元に聞こえる。
待っててね、すぐに保健室に連れて行くから!


――――――――――

あの後、すぐに保健室に連れて行って、無事にベッドに寝かすことが出来た。
取りあえず、彼女は昼からの授業には出ずにそのまま休ませるらしい。
俺達もそのまま残る訳にも行かず、一旦教室に戻る事にした。

5限目が終わって、休み時間の間に様子を見に行くと、まだ彼女は眠っていた。
先生に聞くと、酷く疲れているみたいだと言っていた。
もう少しだけ寝かせておくとのことだったので、俺はまた教室へ戻った。

「名前ちゃん?」

全ての授業が終わり、俺はまた保健室へ来ていた。
ベッドの横のカーテンを開けると、さっきと変わらずに眠っている様子の名前ちゃん。
もう少ししたら、保護者の方を呼ぶんだってさ。
保健師の先生がちょっとだけ席を外すらしいから、俺はベッドの横に椅子を持ってきて名前ちゃんが起きるのを待ってる事にした。

多分、俺が無理させたから、倒れたんだと思うし。
調子の乗って連れまわした俺が悪い。
今思えばちょっとだけ顔色も悪かったような気がする。

寝ている名前ちゃんを見つめつつ、目が覚めたらまず謝罪しようと決めた。

その時、もぞもぞと名前ちゃんの身体が動く。
瞼もピクピクと反応し始めた、もうすぐ起きそうだ。

いざ起きるとなったら少し気恥ずかしくなって名前ちゃんからわざと視線を逸らした。

「…ぜん、いつさん」

凄く小さな声だった。
名前ちゃんから紡がれたそれは俺の名前じゃなかった。
吃驚して名前ちゃんの顔を覗き込むように見た。

ゆらりと揺れる視線が俺を捉えた時、いつもよりも顔色は悪いけど、名前ちゃんの表情が穏やかな笑みになった。
あ、この顔、夢の…

何か言おうとして口を開きかけた。

だけどその前に名前ちゃんの小さな手が俺の制服を摘まんで離さない。
それから瞳が潤み、大粒の涙が零れる。


「置いてって、ごめんなさい」


くちゃっと表情が歪んで、泣きながらそう言う名前ちゃん。
置いていく? 誰を…?
それより、君は誰の名を呼んだ?

口にしたいのに、すぐに声が出ない。
代わりに俺は手を伸ばして名前ちゃんの頬に伝う涙を指で掬った。

名前ちゃんの目が大きく見開かれる。
気付いたんだろうか。
名前を呼んだ人物ではなくて、俺だという事に。

何故か心に黒いモヤが広がっていく。
人違いだと笑い飛ばせば良かったのに、出来なかった。
気付いてしまった。

名前ちゃんは今まで俺に笑っていなかったという事に。
初めて笑った所を見た、だけどそれは俺に対してではない。
俺を通して見た“誰か”に。


「名前ちゃん、俺が誰に見えたの?」


意地悪な聞き方だった。
だけど、俺の口は止まらなかった。

ねえ、それって、君にとってどういう人なの?
俺には一度も笑ってなかったのに。

「…先輩、」

やっと俺を呼んだ名前ちゃん。
もういつもの笑みは見せなかった。

「初めて会った時も言ってたよね、俺ってそんなにその人に似てる?」

病人に質問攻めをするなんて、どうかしてる。
だけど、胸がざわついてどうにもならない。
俺だけが楽しかったの? 名前ちゃんと話して、俺はとっても楽しかったんだ。
だけど、名前ちゃんはそうじゃなかったんだよね。
楽しくないのにずっと笑ってたんだよね。

すっと名前ちゃんの目が細められる。

「先輩は、似てるどころか…」

そう言って唇を噛む名前ちゃん。
そして意を決したように、再度口を開いた。


「先輩のご先祖様に、我妻善逸という名の方と、禰豆子という名の方をご存知ありませんか」


は?
名前ちゃんの言いたい意味が分からない。
誰だよ、と一瞬思ったけど、ぴたりと体が止まる。
あれ、この名前…。

ベッドに手をついて、ゆっくりと名前ちゃんが上半身を起こす。
まだ痛むのか、片手は頭を押さえて。

「先輩は善逸さんに、燈子先輩は禰豆子ちゃんにそっくりです。今から100年以上前にご存命だった、貴方たちのご先祖様でしょう?」
「100年…? ねえ、どういう事? 何で名前ちゃんがそんな事知ってるの?」
「あと、炭彦くんは炭治郎さん、カナタ先輩はカナヲちゃん…それから、」
「ねえ、名前ちゃん!」

俺の話を聞いているのか、名前ちゃんは淡々と述べていく。
そして、ゆっくり俺に視線を合わせて「彼らは私の、大切な人です」とぽつり呟いた。

「私が100年以上前に、置いてきてしまった大切な人達。先輩は、私の話を信じますか?」

鋭い瞳が俺を捉える。
身体はフラフラだというのに、どこか強さを感じる言葉だった。

言っている意味が全然分からない。
でも、何となく嘘は言って欲しくないって思う。

俺はこの娘に嘘の笑みをしてほしくないんだ。


「もう俺に嘘の顔を見せないんだったら、信じるよ」


自分でも何を言っているのか、分からないけど。
ただただ、彼女に本当の顔で笑って欲しいと思っただけだ。



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