12. 傷跡
先輩の家にあるという善逸さんの自伝。
それには私の名前があるという。
…まあ、あるでしょうね。彼が鬼殺の剣士になる前からの付き合いですし。
少なくとも恋人だったのだから。
読んでみたい気もするけれど、私の知らない善逸さんまで知ってしまいそうで、怖い。
私と別れた後、あの人がどういう出会いをしてどういう別れを経験して。
知りたいようで知りたくない。
あと、単純に先輩に読んで欲しくない。
だって、自分のひいおじいさんが自分の後輩と恋人だったなんて、複雑にも程があるもの。
まだ旦那様のお屋敷にいた話なら、恋人ではなかったし。
それ以上読まなければどうという事はないだろう。
「そう言えばさ、お師匠さんの所でじいちゃんは何の修業をしていたの?」
思い出したように先輩が発言した。
そろそろお腹も空いてきたので、お互いお弁当や持参の菓子パンに手を付ける。
私は自分のお弁当の蓋を開けて「あー…」という。
「あの時代には鬼が存在していたんですよ。鬼を倒せるのは特別な修業をつんだ人の技術と刀だけでしたから、善逸さんはその修業をされていたんですよ」
「は? オニ?」
パンを食べようとした顔のまま、眉間に皺をたくさん作った先輩と目が合う。
まあ、そうなるよね。
わかるよ、私もそうだったし。
「昔話に出てくるオニではないです。鬼は元々人だったんですが、鬼の始祖によって鬼にされたんです。ちなみに主食は人です」
「…ねえ、俺、お昼ご飯食べているんだけど」
「奇遇ですね、私もですよ」
「……」
うげ、といった顔で先輩は自分の手にあるパンを見つめる。
その横で私は平気な顔をして自分の卵焼きを一口。
鍛錬が足りんのですよ、鍛錬が。
「鬼とかって言われても信じられないなぁ、完全に空想の生き物でしょ。…それを言うと、タイムスリップも信じがたいんだけどさ」
「それは分かりますけど、鬼は存在しましたよ。それに善逸さんは強かったですし。先輩のお家に善逸さんの刀とか残ってないんですか?」
「刀ぁ…? わかんない」
「あ、鬼と言えば…」
パチン、とお弁当箱の端にお箸を置いて、お弁当を自分の横に置く。
思い出した、私、鬼がいた証拠を持ってる。
ゴソゴソと自分のスカートの中に入れていたカッターシャツの裾を出していると、隣の先輩が急に慌て出す。
「名前ちゃん!? な、何をしてるの!!」
「前に鬼に私、脇腹を貫かれておりまして…ほらここ」
そう言って自分のシャツをまくり上げ、昔の傷跡を先輩に見せる。
が、先輩は何も見えないように自分の顔を両手で隠していた。
手から隠し切れなかった顔は真っ赤っか。
「ちょ、ちょっちょ!! み、見せないで!!」
耳まで真っ赤っかな先輩を見て、やーっと私も気が付いた。
自分の行動が如何に大胆だったのかを。
「あ…」
遅れて顔に熱が集まってくる。
きっと今、私の顔は先輩と同じようにりんごみたいになっているだろう。
捲り上げていた裾を慌てて下げて「ごごごごめんなさい」と謝った。
「い、いえいえ」
相変わらず真っ赤な顔で顔を逸らす先輩。
有難い、本当に。
鬼の説明をしようと思って傷を見せればと思ったけど、自分の行動そのものはまさに痴女だ。
何も考えてなかった結果だけど。
「と、とりあえず…信じるから…はい」
「それは助かります…色んな意味で」
お互いの顔色が落ち着いた所で、またお昼ご飯に戻る。
先輩が私のお弁当を覗き込んで物珍しそうに眺めた。
「それ手作り?」
「そうですよ」
もぐもぐと咀嚼しながら、そう言うと先輩の顔がぱあっと明るくなった。
「じゃあ、今度俺のも作って…」
「いやです」
ぴしゃりと言い放って、私はカボチャの煮つけを口に放り込む。
全然可愛らしくもない茶色ばっかりのお弁当。
人様に作ってあげられるほど見栄えなんて良くないし。
「えー…俺、名前ちゃんのご飯食べたいなぁ」
「だめです。いやです。無理です」
「否定のオンパレード…」
可愛いと思っているのか、先輩は自分の唇に人差指を置いて「お願い」と言うけれど、私は首を横に振る。
無理なものは無理だ。
私の作るものは完全にあの時代の和食メイン。
ジャンクフード大好き高校生には合わないだろう。
「あ、おにぎりくらいなら、どうぞ」
そう言えば今日は炊飯器のご飯が中途半端だったから、多めにおにぎりを作ったんだった。
お弁当の巾着からラップに包まれた掌サイズのおにぎりを一つ出して、それを先輩に渡した。
中身は鮭です。
「いいの!?ありがとう」
おにぎりごときで何がそんなに嬉しいのか分からないけど、先輩は嬉しそうにおにぎりを受け取った。
そしてラップをするすると解いていき、
「あ、これ、のりがウサギの形してるんだ」
そう笑っておにぎりを見つめる姿に、いつかの善逸さんと重なった。
……好みまで一緒か。
はあ、と気付かれないようにため息を吐いて、私は昔と今の光景を重ねていた。
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「お昼ご飯は許しましたけど、下校までは許可してません」
「そう言わずに、一緒に帰ろうよ〜」
放課後。
教室を出た廊下に居たのは昼にも見かけた先輩。
にこにこと微笑みながら私に近付いてくる姿に、ため息しか出ない。
「あれ、善照、なんでいるの?」
私の後ろから出てきた竈門くんが不思議そうな顔で、呟いた。
まあ、そう思うよね。
だってこの人二年だから。一年の教室にわざわざやってくる意味とは。
「竈門くんと一緒に帰りたいらしいよ」
「えー…俺と?」
「いや、んなわけないでしょ。名前ちゃんと帰りたいんだよ。分かれよ炭彦」
「分かってたけど、苗字さんも困ってそうだったから」
気遣いのできる竈門くんに思わずうれし涙が出そうになる。
さすが炭治郎さんの子孫。優しい、優しすぎる。
竈門くんが相手をしている間に、私はそそくさと二人の間を抜けて、階段を下りていくことにした。
付き合わないに越したことはない。
最近色んな事を考えすぎて疲れているし、家でゆっくりしよう。
…まあ、今日は最近の中ではマシな方だけど。
あのふざけた先輩のお蔭かと思ったらイラっとしたので、絶対にお礼なんて言わないと決めた。