13. やっぱりそうじゃん


炭彦に邪魔をされたお蔭で一緒に帰る事は叶わなかった。
いつの間にかとんずらこいた名前ちゃんを頭に浮かべ、俺はため息を吐いた。

前よりは仲良くなったと思ったのに。

距離が近くなったと思ったら、離れて行く。
追いかけてもうまく躱されている。
嫌われていないと信じたいけど。

名前ちゃんの事を考えると、ちょっとだけ胸がドキドキして暖かい気持ちになる。

名前ちゃんは不思議な子だ。
他の子とは違う。
昔々、俺のひいじいちゃんに会ったことがあるっていう、リアル時をこえる少女。
じいちゃんは名前ちゃんの事、どう思ってたんだろう。
あんなに本の中に「可愛い」「たまに怖い」「可愛い」「可愛い」と書かれていた所をみると、
じいちゃんも悪く思ってなかったんじゃないかな。
そう考えると胸がチクチクするけど。

ちらりと足元に落ちた本を見る。
名前ちゃんはもう読むなって言っていた。
まあ、自分が出ているなら読んで欲しいとは思わないだろうけどさ。

気になるんだよな。
名前ちゃんの事。

嫌がられると思うけど、気になって仕方ない。
ひいじいちゃんの事を考えている時の名前ちゃんの顔は、何なんだろう。
懐かしむ、とかではない。
凄く寂しそうではあるけれど、また別の…。

ちょっと、読むくらいならいいかな。
名前ちゃんが嫌がりそうな所は飛ばせばいいし。
俺は名前ちゃんのこと、知りたいって思っている。
その内教えてくれるかもしれないけれど、俺とは違う所に居るのが嫌だ。
俺も、名前ちゃんと共有したい。

足元の本を拾い上げ、表紙を睨みつける俺。

「ひいじいちゃん、名前ちゃんの事好きだったでしょ?」

俺と同じで。


ベッドに腰を掛け、俺はパラパラとしおりのページまで捲る。
じいちゃんが雷に打たれて髪の色が変わったところまでだったかな。
ああ、そうだ。名前ちゃんにじいちゃんの髪の色、本当に変わったのか聞いてなかったな。
そこまでなら尋ねても問題ないよね。

ぺら、と次のページを捲りつつ、俺は目で文字を追いかけていく。
修業が進んで、兄弟子も出て行ったんだ。
最終選別?っていう選考に合格しないと鬼殺隊には入れない、って書いてある。
最後の弟子として残ったじいちゃんがプレッシャーに負けそうになった時、名前ちゃんが励ましてくれたんだって。
優しいねえ。あの子は。


「…ほら、やっぱりそうじゃん」


その後に書かれたじいちゃんの文字を見て、俺は呆れたように呟いた。
ばたんと後ろ向きに倒れ、天井を見つめる。

「好きになってんじゃん」

遺伝なのかなんなのか知らないけどさ。
本当に勘弁してよ。
ひいじいちゃんがライバルなら俺、絶対勝てないだろ。

「あんな顔してるんだから、さ」

脳裏の名前ちゃんの表情は曇ったまま。
それが晴れる時があるとすれば、それは。

いや、今は考えないでおこう。
時間はたっぷりあるし、名前ちゃんがいるのはもう大正時代じゃないんだから。
ゆっくり仲良くなろう。

俺はその日からちょっとずつ本を読み進めていくことを決めた。


―――――――――――――


「あんた、秋祭りはどうすんの?」

晩御飯を食べていると、同じくもぐもぐと咀嚼している姉ちゃんがそう言った。
父さんはまだ帰ってないけど、先に食べとけと言われたから二人で食べている。
姉ちゃんから話しかけてくるのは珍しい。どうせカナタの話題しか出ないし。
だけど、そうだな。秋祭りか。

この時期、この近辺では秋に祭りが行われる。
季節外れの花火が打ちあがり、ちょっとしたスペースも設けられ、色んな出店だけじゃなくて子供から大人まで楽しめるイベントとなっている。
毎年それを俺は、仲良く腕を組んで遊び回る姉ちゃんとカナタの後ろを苦々しく睨みつけながら、出店を回っていたけど今回は…。

「名前ちゃん、誘ってみようかな」
「まあ、断られるかもしれないけどね」
「何てこと言うんだよ! 名前ちゃんは一緒に行ってくれるってば! …多分」

残念ながら直近で一緒に帰ろうとしたのを断られている時点で、あんまり自信はないけれど。
でももしかしたら、一緒に来てくれるかもしれない。
そうだと嬉しいんだけどな。

「私はカナタと一緒に行こうっと」
「知ってた」

顔をにやぁと笑って姉ちゃんがぱくりと一口。
笑いながら食べてるよ、気持ち悪い。
明日はご飯を食べる約束をしてないけど、誘ったら食べてくれるだろうか。
あ、そもそも俺、名前ちゃんの連絡先知らないや。
それも明日聞こう。
んで、秋祭り誘って、そこで…。


好きって、言ってみようかな。


ぽつりの胸の中で呟いた言葉に、戸惑いを隠せない。
いつもなら何も考えずに「好きだ!」って言う俺が、言葉にするのを躊躇するなんて。
今まで成功例はないけどさ。

嫌われてないと信じたい。
でもめちゃくちゃ好かれているとも思ってない。
モヤモヤは残るけれど、挑戦してもいいだろ。

「だって、今は俺が傍にいるし」

名前ちゃんの傍にいるのはもう、ひいじいちゃんじゃない。


「え、何。独り言? きっしょ」
「……」

自分の世界に入って言葉を呟いてしまったので、
晩飯中姉ちゃんが、蔑んだ目でずっと睨みつけてきた。
これに関しては俺もそう思うので、何も言えない。

―――――――――――――


「あ、おはよう」
「おはようございます、先輩」

次の日の朝、校門でばったり目的の子に会った。
こちらから会いに行こうと思っていたから、丁度良かった。
名前ちゃんは今日は緩く三つ編みをしていて、おさげの先には黄色いリボンがついていた。
可愛い。

「ね、名前ちゃん。秋祭りって知ってる?」

見とれていたら、あっという間に教室についてしまう。
俺は昨日の晩に考えてた話題を口にした。
すると名前ちゃんは一瞬ポカンとして首を縦に振った。

「知ってはいるんですけど、行った事ないですね」
「今度秋祭りがあるんだけど、一緒に行かない?」
「行きませんけど」
「断るの早っ」

まさか瞬殺されるとは思ってなかったから、これにはビックリだ。
名前ちゃんは何でもない顔で「祭りって、どうせリア充がわんさかいるんでしょ」と言う。
まるで去年までの俺か。

「えー! 一緒に行こうよ。絶対楽しいって」
「結構です。私、そういうの苦手です」
「ふーん…」
「何です?」

どんなに頼んでも名前ちゃんは知らん顔。
唇を尖らせて名前ちゃんの顔を覗き込んだ。
不審なものを見るような眼で名前ちゃんが俺を見る。

「あの本、続き読んじゃおうかな〜?」
「は?」
「ほら、ひいじいちゃんの」
「…ずるい」

本当はもう読んでる、とは死んでも言えないけど。
そう言うと名前ちゃんの頬が可愛く膨らんで、俺を上目遣いで見つめてくる。
はあ、可愛い。

「決まりね?」
「職権乱用です」

職権乱用の意味、違うんじゃないの、と思ったけど、
どうやら名前ちゃんは一緒に行ってくれるみたいだから、そこは何も言わないでおく。
悔しそうに俺を睨みつける顔を見ながら、俺は自分の下駄箱へ向かう。

「あ、忘れてた」

思い出して、慌てて引き返した。
自分の下駄箱の前にいた名前ちゃんの横にやってきて、俺はスマホを取り出した。

「連絡先、教えてよ」

そう言ったら、心の底から嫌そうな顔で「嫌です」と言われてしまったけど、
4回くらい繰り返し言ったら諦めて教えてくれた。



< >

<トップページへ>