14. 秋祭り


先輩に秋祭りに誘われた。
正直行く気は全くないけれど、卑怯とも言える手段であの腐った先輩は誘ってきたので、行くと返事する他無かった。
存在自体は知っていた。
中学の頃は友達と一緒に行こう、と約束していたっけ。
…結局約束は果たされぬまま、私が神隠しにあってしまったんだけど。

憂鬱だ。
全く気がそそられない。
祭り自体は嫌いではないんだけれど、如何せん人の多い所をあの先輩と一緒、というのが嫌だ。
余計な事まで思い出すから、ね。
先輩と善逸さんは別人だ。
絡みが増えるたびにそう思う。

それでもふとした瞬間に似ていると思う時がある。
その度に胸が痛くなるので、精神衛生上離れている方が楽なんだけどね。

毎日飽きもせずに寄ってくる所は、善逸さん以上にしつこいと思う。
勘弁してほしい。

自室のクローゼットを睨みつけ、適当にそれらしい恰好を選ぶ。
約束の時間まであと1時間。
服に悩むなんて面倒だ。
正直、これが着物だったら喜んでコーデを楽しんでいる。
流石に袴で行くわけにはいかないしね。

秋っぽい色のチェックのロングワンピースがあったので、これでいいか。
ぽいっとベッドにそれを投げ出した。
上からカーディガンを羽織ればそれっぽいだろう。
髪はどうしようかな。下ろすか。面倒だし。

緩めに髪を巻いていると、鏡の中の自分の顔が曇っている事に気付いた。
普段私はこんな顔をしているのか。
せめて眉間の皺だけはなんとかせねばなるまい。女子としてこれはマズイ。
にこっと微笑んで見せるが、口元が若干引き攣っている。
こんな顔で先輩や燈子先輩たちの前に居たのか私は。
先輩の前で無理やり笑う事をしなくなって、本当に良かった。

メイクもいつも通りナチュラルに仕上げる。
この時代のメイク道具は多くて逆に難しい。
最後に頭のサイドに黄色と黄緑が入ったバレッタを挿して完成。

時計を見ると良い頃合いだった。
平べったいスニーカーを履いて、私はリビングに向かって「行ってきまーす」と声を掛けた。
同じく母さんと和樹の「いってらっしゃーい」という声が聞こえたので、私は振り返る事無く玄関のドアに手を掛けた。


――――――――――――


「お、おまたせー」

待ち合わせ場所の駅前の噴水。
私が到着したのは約束の10分前だった。
適当な柱を背中にして方からかけたポーチの中身を確認する。
財布、スマホ、ハンカチ、ティッシュ。
よし、忘れ物はない。
そんな事をしていたら、聞きなれた声が聞こえた。
顔を上げると、私服の先輩がどこかモジモジしながら、立っていた。

「全然待ってないですよ、さっき来たところです」
「そ、そっか。それなら良かった…」

先輩は私と目を合せる事なく「じゃあ、行こっか」とくるっと前を向いて、歩き出そうとしている。
何だか先輩にしては素っ気ないな、と思いながらも無言で後ろを付いていく私。
後ろから先輩を観察しても良く分かるほど、どこか挙動不審だ。
これでは不審者だ。

「先輩、どうかしたんですか?」

体調が悪いのだろうか。
一応声を掛けてみるけど、先輩は一瞬ビクリと体を揺らして「な、何でもない」と呟いた。
いや、それ嘘。わかりやすい嘘。

まあ、何でもないと言われたのだからこれ以上は追及しないけど。

そうこうしているうちに、目的の場所までやってきた。
秋祭りの会場は、広い芝生のイベントスペースである。
普段はスポーツの大会などが行われるようなところだ。
そこに沢山の出店と子供が遊べるようなゲームコーナー、それからアート展なんかも同時に行っている。
見る所は一杯あるけれど、花火の時間まで結構あるんだよね。

スマホで時間を確認していたら、先輩がピタリと立ち止まる。
つられて私も立ち止まった。

「名前ちゃん、どこから行きたい?」

また私から目線を逸らして先輩が尋ねる。
違和感を感じるが、別にいいか。先輩が変なのは今に始まった事ではない。

「どこでもいいです。あんまりよく知らないので、先輩についていきます」

そう言うと「そっか」と困ったように先輩は笑った。
困らせてしまっただろうか。
でも事実だしな。

まだ始まって30分も経っていないというのに、会場には人が溢れていた。
どんどん日が落ちてくるともっと多くなるだろう。
人通りの多い所は好きだけど、苦手なんだよね。主に迷子的な意味で。

いつまでも先輩の後ろにいると歩きにくいので、先輩の横に並ぶ私。
また先輩がビクンと反応したけれど、無視した。

「じゃ、じゃあ…この辺の出店から回ってみる?」
「ええ、いいですよ」

どこから手に入れたのか知らないが、会場マップを見ながら先輩が言う。
ここからちょっと距離はあるけれど、そっちの方は出店が集中しているらしい。

ガサガサと先輩がマップをポケットに入れて、歩き出す。
私もそれに付いていく。
歩き出して数秒で私の不安は的中する事になる。

人が多い。
前からも後ろからも歩く人でごった返している。
先輩の姿は前にあるけれど、気を抜いたら離れてしまいそうだ。

いつもなら、呆れたようにため息を吐いて、私に手を差し出してくれる。

誰とは言わないけれど。
ああ、ほら。だから祭りに来るの、嫌だったのに。
比べてしまうんだから。

胸がチクチクと痛む。
いい加減忘れればいいのに。
一向に忘れる気配がない自分に嫌気がさす。


はあ、と重いため息を零す。
すると顔の前に手があった。
少し前を歩いていた先輩がこちらに手を出していた。

「ま、迷子になりそうだったから。手、繋がない?」

少し照れくさそうに言う先輩に、私は目を見開いて見つめた。
一瞬手が出そうになった、けどすぐに引っ込めた。

折角先輩が気を遣ってくれたけれど。


「いえ、大丈夫です」


出そうとした手をぎゅっと握って、私はにこりと先輩に微笑んだ。
やっぱり、忘れる事は出来ない。
これは私だけの大切な思い出だ。


―――――――――――――


少し気まずい思いもしたけれど、出店の前に着くとそんな空気は一瞬で吹き飛んだ。
端から順番に回って、ゲームの出店や、美味しそうなB級グルメを眺めたり。
我慢できずにリンゴ飴を食べて口の中が真っ赤っかになったり。
其処だけ見ると普通の高校生みたいに過ごしていた。

射的の店の前について、先輩が鼻息荒く「あの人形を取るから!」と一番高い位置にあるぬいぐるみを指さした。
ああ、どうぞ。そんなに欲しいんですか、あの人形。
私はこくりと頷いて先輩の横に立って見ていた。
緊張した面持ちでおもちゃの銃を手に取る先輩。
そして片目を瞑り、狙いを定めて。

パン、と乾いた音が響く。
的には当たった。けど、倒れない。
残りあと9発。

その後もパンパン、と撃っていくけれど一向にぬいぐるみは倒れない。
段々イライラしてきたのだろうか。最後の一発は投げやりでパンと撃ってしまったようだ。

倒れた。

ぬいぐるみの横の首だけマネキンが。
惜しい。

店のおじさんが、マネキンの頭に被せてあったナイロンのウィッグを先輩に渡す。
ああ、それもらえるんだ。
先輩はガーンとショックを受けた顔で、それを受け取って私に「ごめん」と呟く。

「え、何がですか?」
「人形、取れなかったから」
「先輩が欲しかったんじゃないんですか?」
「…え? うん、まあ、いいや…」

何か良く分からないけど、更に落ち込んでしまったので、スルーする事にした。

おじさんから貰ったウィッグをカバンに突っ込んで、先輩と出店から離れた。
カバンに入りきらない黄色の糸が見えて気持ち悪い。

「アート展とかもやってるみたいだけど。見てみる?」
「芸術センスは無いですが、見ますか」

出店が欄列している横がアート展となっていた。
各企業のアート作品や、個人の作品がそこに飾られている。

小さなテントの中に飾られた作品を眺めていると、先輩が「あ!」と声を上げた。

「どうしました?」
「山本愈史郎の作品も置いてある!」
「誰ですか、それ」
「知らないの!? 山本愈史郎って言えば結構有名なんだけど」
「はあ…」

ちょっと興奮気味で話す先輩に若干引きつつも、先輩の目先にある絵画を見る。
先輩に芸術の趣味があったとは知らなかったなぁ。

なんて、呑気に考えていられたのもそこまで。

絵画を見た瞬間、私は全身の体温が氷点下まで下がったような感覚に陥った。



「……鬼?」



完全に思考が停止した。



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