15. 気付いた気持ち


目の前の絵画に描かれた女性。
綺麗な風貌だけど、どこか冷たく感じる視線。
これはあの時代で見た鬼の視線と同じものだ。
私には善逸さん達の様に鬼を見分ける方法なんて持っていないけれど、稀に目を見ると人間ではない事が分かるときがある。
吉原で花魁に扮した上弦の鬼を見た時とか。
本当に稀なので、特技でもなんでもないけれど。

でもこの人は、この絵に描かれた女の人は鬼だ。
間違いない。

珠世と書かれた作品に、既視感を感じる。

この時代に、鬼がいる?
嘘でしょ、と零すと同時に身体がふらついた。
慌てて隣の先輩が私の肩を抱く。

「大丈夫!? 名前ちゃん!」

焦ったような、心配そうな顔が私の顔を覗きこむ。
大丈夫だと答えて私は姿勢を直した。

マジマジと絵を見つめなおしてみても、やはりこの人は鬼だ。
何故か確信できる。
この山本愈史郎と言う人は鬼の絵を描いている。
それがどういう意味なのか分からないけれど。

やまもと、ゆしろう。
たまよ。

どこかで聞いた事あるような。
だけど思い出せない、何だったっけ。
少なくともこの鬼の女の人には会った事が無いのは確かだ。

「名前ちゃん…?」

うーんと腕を組んで絵画の前に立ちつくす私を見て、先輩が不思議そうに首を傾げる。

「あ、ごめんなさい」

思いに耽っていて忘れて居た。
先輩がちらちらとスマホの時計を確認している。
もうすぐ花火の時間だっけ。

まだ気にはなるけれど、後にしよう。
私は取りあえず花火を見るため、先輩とその場を離れる事にした。

花火を見るスポットがある。
そう言って先輩が私の袖を掴んで前を歩く。
何故袖を掴まれているかというと、私が先程の絵の事で頭が一杯で歩くのが遅いからだ。

ゆしろう。たまよ。
どこかで…聞いたんだよね。この時代ではない、あの時代で。

悶々と考えを巡らせていると、花火のスポットとやらに到着したのか、先輩が立ち止まった。
それでも私はまだ先程の光景から意識を戻すことが出来ない。
うーんうーんと唸っていると痺れを切らした先輩が声を上げた。

「名前ちゃん! 考えるのもいいけど、花火見ようよ!」
「そ、そうですね…」

まさしく正論である。
よもや先輩に正論をぶちかまされる日が来ようとは。

先輩が連れてきてくれたのは芝生の土手である。
会場からちょっと離れているけれど、ばっちり花火は見れるのだとか。
私達の他に何組ものカップルがその辺に座り、花火が始まるのを今か今かと待っている。
私もその場に座ろうと、ポケットからハンカチを取り出した。

「え、それを敷くの?」
「そうですけど…」
「汚れちゃうよ、さっきパンフ沢山貰ったから、こっちにしなよ」

お尻が土で汚れるのは嫌だ。
なので、持参のハンカチで対応しようとしたのだけれど、先輩に制止されてしまった。
代わりに出された会場マップを手に取り、それを広げてお尻の下に敷いた。

先輩も私の隣に腰を下ろし、体育座りで夜空を見つめる。
私も同じように夜空を見つめるけれど、やっぱりさっきの事が気になって仕方ない。
この時代に鬼が居るんだろうか、でも鬼の絵を描いている山本愈史郎という人は一体何なんだろう?
ゆしろう、ゆしろう、ゆしろうさん。
たまよ、たまよさん、たまよさん。


『珠世さんと愈史郎さんという方がいてね、鬼だけど俺たちを助けてくれたんだ』


脳内に炭治郎さんの声が響く。
フラッシュバックするようにその時の光景が目に浮かんだ。

『しのぶさんと共同で研究されるんですか?』
『そうらしい。鬼だけどあの人たちは俺たちと同じ思いを持つ人間だから』
『そうなんですね』
『炭治郎、珠世さんって美人?』
『善逸さん…?』
『じょ、冗談だから! そんな顔しないで!!』

ドン、という音が辺り一面に響く。
夜空に綺麗に咲く花。

思い出した。
私、愈史郎さんも珠世さんも知ってる。
ハッとなって顔を上げた。
そうだ、あの人達はあの時代に居た鬼。
私達の味方。

この時代の最後の鬼。


「ねえ、名前ちゃん。花火始まったよ?」

先輩が隣で声を掛けてくる。
でも私は今気づいた真実に驚きが隠せない。
反応できずにいると、肩に先輩の手が置かれた。

「こっち見てー名前ちゃん」

まるで悪戯っ子のような声でそう言うものだから、私はちらりと先輩に目をやる。

「先輩、私気付いたことが…っ…」

思わず息を飲んだ。
ドンドン、と花火が破裂する音が聞こえる。
花火に照らされた先輩は金色の髪だった。


――――――――――――――――


折角の祭りだというのに、俺は全然名前ちゃんにアピールできなくて。

待ち合わせ場所で見た瞬間、私服が可愛すぎて思わず言葉を失ってしまった。
直視するのもままならなくて、そのままぎこちない状態で会場までやってきたはいいけど、
あまりの人多さに圧倒された。
名前ちゃんが歩きづらそうだったから手を差し出したけれど、彼女は俺の手を驚いた顔で見つめてやんわりと断った。
そんなに嫌だったのか、と内心涙を流したけれど、その後は普通に出店を楽しむことが出来た。

名前ちゃんの為に良い所をみせようとした射的は、残念な結果となってしまったけど。
代わりに貰ったカツラ?はもさもさと俺のカバンの中で蠢いている。
明らかに安っぽいナイロンのカツラだ。
しかも色は金髪と来た。絶対使わねーよ。

出店もそこそこ楽しんで、俺たちはその足でアート展へ。
沢山の絵画や作品が並べられていたけれど、俺は自分の好きな作品を見つけて声を上げた。
山本愈史郎は同じ女性の絵を描き続けている画家だ。
俺の初恋は山本愈史郎の珠世という女性だというのは、名前ちゃんに秘密にしておこう。
本人自体は中々表舞台には出てこないので、どういう人かわからないけれど。

興奮気味に声を上げた俺を、物珍しそうに名前ちゃんが見つめる。
そして、気になったのか絵画に目をやったその時。
名前ちゃんの大きな目がさらに大きく見開かれ、そして一言。

「……鬼?」

と呟いた。

鬼?何が?
名前ちゃんの言った意味が分からなくて、様子を伺っていたら、名前ちゃんの身体がふらりと姿勢を崩した。
慌てて俺は名前ちゃんの方を抱いて、受け止める。

「大丈夫!? 名前ちゃん!」

以前、屋上で倒れた事を思い出して思わず大きな声を上げてしまった。
だけど、名前ちゃんは絵画から目を逸らす事なく「大丈夫です」と言うと、姿勢を正してまたじーっと絵画を睨みつける。
全然大丈夫そうには見えないけれど。

それからの名前ちゃんは全然反応を示さなくて、何か考え事をしているようだった。
俺が名前ちゃんの袖を掴んでいても、さっきみたいに拒否しないのだから、よっぽどである。
折角花火を一緒に見れるというのに。

花火スポットに来てもそれは変わらなくて。
俺は段々ムカムカしていた。
折角二人なんだから、俺と過ごしているんだから。
少しはこっちを見てくれてもいいじゃないか。

いつも名前ちゃんはあの時代の事しか考えていない。

同時に俺のことは全然視界に入ってすらいないんだろうけど。

花火が始まってもその調子だから、俺はイライラして自分のカバンの中をガサゴソと漁る。
ちょっとした悪戯心だ。
さっき貰ったクソみたいなカツラを頭に乗せて、それで名前ちゃんの肩を叩いた。

何かに気付いたようにハッとした名前ちゃんが俺の方を見た。


「先輩、私気付いたことが…っ…」


そしてそのまま、俺を見て固まってしまった。


俺的には笑い飛ばしてくれる事を期待していたんだけれど。
予想に反して、名前ちゃんは声を失い、一寸置いて俺の胸に飛び込んできた。

「えっ、えっ!? 名前ちゃんんんんッ!?」

自分でしておいて何だけど、心臓が飛び跳ねるくらい吃驚した。
抱き締められた事で自分の頭が沸騰している事に気付いていたけれど、どうしていいかわからない。
触れていいのかわからなくて、自分の手が空中を彷徨っている。

覚悟して俺も抱き締め返そう!
俺も男だ。

覚悟を決めて名前ちゃんの肩に触れようとした時、俺の胸から聞こえてきたのは俺の名前では無かった。

「善逸さん…っ!」

瞬間に頭に上った熱が冷めていくのを感じた。
前に名前ちゃんが倒れたときも、こんなことがあったなぁと俺は冷静に考えていた。

ああ、そうだったんだ。
名前ちゃん、君は

ひいじいちゃんが好きなんだね。



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