17. 布切れと簪




「うっわ、あんた何その顔!?」
「うるさい、姉ちゃん。俺は今失恋して傷心中なんだよ」

秋祭りから帰ってきて俺を出迎えたのは、先に帰宅していた姉ちゃんだった。
そう言えば会場では会わなかったな、なんて思ってたら冒頭のセリフだよ。
焦った顔で言う姿に俺は、珍しいものを見たなと思った。
姉ちゃんが一目見てわかるくらいだから、相当酷い顔なんだろうな、俺。

「失恋…なんだ、いつもの事じゃん」
「いつもの事って言うなよ…」

焦った顔は一瞬にして、安心した様な顔になった。
失礼にも程があるぞ。
まあ、確かにいっつも振られてるけどさ。
今回のはピカイチダメージがでかいんだわ。

「俺、そのまま寝るわ」

そう言って、階段をゆっくり駆け上がる。
姉ちゃんは黙って俺の後ろ姿を見てたようだけど、何も言わなかった。
正直有難い。今日はもう相手にするのもつらい。

自室に入って、すぐ様ベッドに横になる。
そして、枕を顔に押し付けたまま、数分微動だにしなかった。

最悪だ。
当初の目的である告白は、した。
ただそれは俺の言葉じゃなくて、ひいじいちゃんの言葉だ。
最初から脈は無かった。
初めて会った時から名前ちゃんは、俺を避けていた。
知っている人に似てつらい、みたいな事言ってたこともあったから、そうなんだとしか思ってなかったけど、違うんだよ。
名前ちゃんはひいじいちゃんの恋人だったんだよ。
だから、ひいじいちゃんに似たW別人Wの俺を見るのが嫌だったんだよ。

嫌われるよりつらい。
そんなことある?絶対好きになってもらえるわけないんだよ。
秋祭りの俺は全てを察して、名前ちゃんがもうあんな顔をしないように振る舞うしか無かった。

「じいちゃん。何で名前ちゃんの事、ちゃんと見てなかったんだよ」

あんな顔させるくらいなら、俺が貰いたいよ。
多分無理だけど。
だってあんなに必死で抱き着いてくるんだよ?
こっちに帰ってきて何ヶ月経ってると思ってんの?
それでも変わらずに好きなんだよ、ひいじいちゃんのことが。

なんで、ずっと捕まえてくれなかったんだ。
名前ちゃんが、俺を見てじいちゃんの面影を探すことも、
俺が負け戦に挑む必要だって無かった。

俺は俺で、名前ちゃんに元気出して欲しくて言った言葉は、名前ちゃんをじいちゃんの元に帰る方法を見つけるためのものだし。
俺、Mなの?ドMなの?
なに自分の不都合ばかりしてんの?
名前ちゃんはなんかスッキリしてたけどさー…

「はぁぁ、俺って超バカじゃん…」

自分の心臓は張り裂けそうなのに、名前ちゃんが喜んでた顔を見ると、ちょっとだけポカポカする。
矛盾した気持ちに振り回されまくってる。

今日は絶対寝れねぇな…。


ーーーーーーーーーー


気がついたら朝だった。
一睡もしていない。
別に寝てないことはしんどくない。今日も学校休みだし。
それよりも寝ずに俺はひいじいちゃんの本を読むことにした。
会ったこともないひいじいちゃんに怒りが湧いて、古い小汚い本を完全読破する気でいた。
だから読んだ。読めるところは。

というのも、途中からページが白くなっていて、読めないんだ。
前にパラパラと見た時には、最後まで文字が書かれていたはずなのに。

まあ、いいや。
この本を読んだお陰で俺は、昨日よりも傷心の傷が開いたわけだけど。
ひいじいちゃんのリア充ぶりに怒りしか湧いてこない。
えーっと、何やかんや最終選別から生き残って帰ってきたひいじいちゃんは、何故か名前ちゃんと一緒に任務の旅に出て…。
最中のイチャイチャを読みつつ、名前ちゃんの口から聞いたことのある、炭治郎と禰豆子という名前が出てくるようになる。
炭治郎、字面だけで誰が子孫なのか分かるな。
そっくりって言ってたから、あんな感じの顔をしていたんだろうね。
あとは、知らない伊之助という知らない名前。
これに関しては全然わからん。

ってか、名前ちゃんがあの時代に飛ばされたきっかけの鬼、じいちゃんが倒してるんだな。
…どんな気持ちだったんだろう。
好きな子の願いを叶えてあげられない、その気持ち。
どれだけ考えても俺には理解出来ないんだけどね。

その後の話も登場人物は増えるが、基本は変わらない。
じいちゃんと名前ちゃんが淡々と任務をこなす。
名前ちゃんはせっせとじいちゃんの世話を焼き、じいちゃんは名前ちゃんを守るために強くなる。
何の恋愛小説なんだよ、これ。

本から何かわかるかと思ったけど、あんまり意味なかったな。
読める部分には。
問題は読めなくなった部分だ。
恐らくここが肝だ。だが読めないのはどうしようもない。

俺はそこでやっと自室から飛び出し、外へ出て、物置へ急いだ。


「朝早くから何してんの?」
「捜し物」

朝ご飯を食べていた姉ちゃんが、パンを片手に俺の様子を眺めている。
俺は物置にある荷物をせっせと庭へ出して、捜索中だ。
元々ひいじいちゃんの本もここで見つけた。
何かあるかもしれない。

だけどさっきから探せどもゴミかゴミかゴミかしか出てこない。
なんで誰も整理しないんだよ!!
姉ちゃんは飽きたのか、縁側に腰かけスマホを弄り始めた。
くっそぉおお!!

埃っぽい荷物共を馬車馬の如く運び出していると、わりと綺麗な箱が置いてあった。
勿論埃が凄いけど。
試しにふーっと息を吹きかけると、死にかけた。
狭い物置小屋の中でするんじゃなかった。

ゲホゲホと咳き込みながら、箱を持って出た。
陽の光の下で見ると、その箱が黄緑色の箱だって事がよく分かった。
それを地面に置いて、上蓋が外れるか試してみる。

パカ、と音を立てて箱は開いた。

「あ、それ」

スマホから視線を外した姉ちゃんが、声を上げる。
俺は姉ちゃんの方を見ながら、箱から中身を取り出した。


「なにこれ?」

裁縫道具が入っていた。
それと簪。あと、なんか布切れ。

布切れの方を摘んで取り出してみる。
すっかり色褪せていて、大分元の色が薄くなっている。
ドーナッツのような形に縫われた布。
中には糸かゴムみたいなのが通してあったみたいだけど、劣化してただのドーナッツ型の布だ。

「それ、ひいおばあちゃんの」

首を傾げてそれを見ていたら、姉ちゃんが口を開いた。
ひいおばあちゃん?

「この布切れが?」
「そう。それ、シュシュみたいなものだと思うよ。おばあちゃん器用よね」

ひいおばあちゃんと言えば、名前ちゃんが言っていた禰豆子さん?
布切れを箱に戻し、横の簪を空に掲げるように上げる。
黄色とオレンジのガラス玉がキラキラしていた。

「ひいおばあちゃんの持ち物って言っても、会ったことないから分かんねー…」

もっとひいじいちゃんの手掛かりになる様なもの、ないかな。
はあ、とため息を零すと姉ちゃんがぽかんとした顔で言う。

「あんた、ひいおばあちゃんに会ったことあるよ」
「えっ、嘘!?」
「アンタが生まれてすぐに死んじゃったけど、相当長生きだよ」
「へぇ…」

もうそれは会ったとは言わないんじゃなかろうか。
全然覚えてないし。
俺の不満げな顔が分かったのか、更に姉ちゃんは続けた。

「アンタの名前、ひいおばあちゃんが付けたんだから」
「名前かぁ…」

善照、か。
ひいじいちゃんにあやかって付けたんだろうけどね。
ちょっと複雑だな。

でもそれにしたって、ひいおばあちゃんが名前を付けるって、珍しいな。
普通は親か、あってじいちゃんばあちゃんだろう。
まあ、今の俺にはどうでもいいか。

何となくこの簪はひいじいちゃんからの贈り物だろうと予測した。
だってこんな自己主張の激しい黄色のガラス玉が付いてる。
ひいじいちゃんの髪の色が、本当に金髪だった事は昨日の夜に実証済みだ。

「これ、名前ちゃんに見せても大丈夫かな…」

傷つけるくらいなら見せない方がいい。
明らかな贈り物である簪は止めておいて、この色褪せた布切れなら大丈夫だろうか。
それ以外に特段目ぼしいもものもないし、仕方ないか。


「鱗模様の、布切れねぇ…」


もう一度布切れを摘んでみる。
明日、これを持って行こう。
それでまた悲しそうな顔をしたら、またじいちゃん振りをして抱き締めればいい。
あの子がそれで泣き止んでくれるなら、本望だ。

脳裏に布切れを見せた時の反応を思い浮かべ、俺はため息を吐いた。



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