18. 失くしたもの


朝イチ、玄関のドアを開けるとそこには何故か善照先輩が手を振って立っていた。

私はドアの前で硬直してしまい、口を半開きにして先輩を眺めることしか出来なかった。

「おはよう、名前ちゃん」

爽やかな笑顔とともに沈黙は破られた。
いや、おはようじゃないんですけど。
何で玄関の前にいるんですかね、先輩。

「何で人の家の玄関にいるんですか、ストーカーか何かですか?」

思っていた言葉よりも数段酷い言葉が出てしまったけど、許して欲しい。
だってそれくらい吃驚したから。
秋祭りの帰りに、遅いからと家まで送ってくれたのは有難かったんです、本当に。
家を知られる事は別に何でもなかったし。
だけど、こうなるとわかっていたなら、送って貰うなんてしなかった。

「一緒に学校行こうよ!」
「私の話、聞いてましたか?」
「だってそうでもしないと、名前ちゃんと話す機会なんてないしさー」
「何か問題あります?」
「…俺には大ありです」

はあ、と盛大にため息を吐いて、善照さんの横に並んだ。
この様子だと明日もそれ以降も来るだろう。
諦めて、学校に行かないと遅刻する。
地の底から出たため息が、また1つ出た。
結局2人で学校までの道のりを歩き始めた。

何やら善照さんは上機嫌だ。
秋祭りの帰り、いつもよりもどこか大人な優しい一面を見たから、ギャップが凄まじい、
私の表情は対照的ではあるけれど。

「あ、そうだ。今日も一緒にご飯食べない?見せたいものがあるんだ」
「お昼ですか?…まあ、良しとしましょう…」
「何でそんな妥協してやったみたいな態度なの?」

どこか不満そうに唇を尖らせる善照さん。
了承してあげたのに、なんで文句を言われないといけないんだ、という言葉が喉のすぐ近くまで出ていたが、ぐっと堪える。
見せたいもの…ですか。
あんまりいい気分ではないけれど、善逸さんに繋がる何かかな。

土日の間に山本愈史郎について調べてみた。
彼と珠世さんが唯一の手掛かり。
だけど、愈史郎さんはメディアの前に出ることがない方らしい。
風貌もあまり詳しくは出てこないし、なんならインタビューしようとした記者を、猟銃で追い払ったという、恐ろしい話まであった。
気軽に会いに行けるとは思えないけれど。

でも、それだけなんだ。
あの時代に帰れるかもしれない、手掛かりは。
例え猟銃ブッパされても、諦めるわけにはいかない。
あの時代に帰ると決めたのだから。

「名前ちゃん?」

深く考え込んでしまった。
気が付いたら、顔をのぞき込む善照さんがいた。
何故か善逸さんの顔がちらついて、一瞬ドキリとしてしまい、視線を逸らした。

「…なんでもないです」
「あ、名前ちゃん。今、ひいじいちゃんの事考えたでしょ?」
「えっ!?」

目をわざとらしく細め、物言いたげな視線を飛ばす善照さん。
図星だったので、私は心の中で舌打ちをした。
この人、いっつもボケてるくせに偶に鋭くなるな。

「じいちゃんって本当に羨ましいねぇ〜。こんなに好いてくれる子と一緒に旅してるだけで、リア充だわ。なんかムカつく」
「一緒に屋敷を出たのは、私のワガママもありましたから…って、何で一緒に旅した事、知ってるんですか?」
「…え?」

遠い目をしてポツリ呟いた善照さんに、ふと疑問が浮かんで問いかけた。
途端に善照さんは、顔中に気持ち悪い汗をかきはじめる。
あ、この人。

「もしかして、読んだんですか、続き…」
「い、いえ?」
「……」
「読みました」

問い詰めても嘘しか言わない顔を、穴が空くほど見つめると、視線に負けた善照さんが観念したように白状した。
読むなって言ったのに!!

「読まない約束で秋祭りに行ったんですけどー?」

にこにこと笑いながら隣の善照さんの腕に肘鉄をお見舞する。
何度も。

「え、笑顔で攻撃しないで…名前ちゃん」
「誰の所為だと思ってるんですか?」
「お、俺です…」
「ですよね」

ピタと止めた肘鉄また再開した。
それは学校につくまで続いた。


ーーーーーーーーーー


「善照と仲良いね。苗字さん」
「竈門くん」

お昼のチャイムが鳴って、あの嘘つき善照さんが来る前にさっさと中庭へ直行しようとした。
後ろから聞こえた声に、びくりと体を止めて振り返る。
先程の授業中ももれなく夢の中だった竈門くんは、今やっと起きたらしい。
炭治郎さんとは似てない部分もあって、私としてはとても新鮮だ。

「仲良くないよ」
「…苗字さんって、笑顔でわりと酷いこと言うね」
「そうかな?」
「そうだよ〜」

炭治郎さんとはこんな会話、したことなかった。
やはり彼は炭治郎さんとは別人。
竈門炭彦くん、私の同級生。
最近、段々とそれがわかってきた。
だから顔を見ても動揺もしなくなった。

「善照は苗字さんのこと、すっごい好きだと思うよ」
「懐かれてるだけだよ」
「…う〜ん」

私の返答に困った顔をして首を傾げる竈門くん。
そんな様子に私も同じように首を傾げ、不思議そうな顔をする。

「名前ちゃーん!」

その時、後ろから聞こえた声に思わず顔を歪ませた。
噂をすれば、というやつだ。
はあ、と本日何度目かのため息をついて「じゃあ、あとでね竈門くん」と竈門くんに手を振り、私は教室のドアに張り付いている善照さんに向き直った。

「大きな声で呼ばないで下さい」
「なんで?」
「純粋に五月蝿いからです」
「…はい」

傷ついた顔で私を見る善照さん。
少し胸が傷んだけど、事実だし。
善照さんの背中を押し、中庭へ急かす私。

「…善照も大変だなぁ〜」

私達の背中を見て呟く竈門くんの声は、私には届かなかった。



「わあ、今日も美味しそう!」
「あげませんよ」
「頂戴なんて一言も言ってないのに…」

人通りのない中庭のベンチ。
前と同じようにそこに座って、自分のお弁当の蓋を取ると横の善照さんが声を上げた。
いや、どう聞いても欲しいとしか聞こえませんでしたよ。
ピシャリと言い放った後でも、口に指を咥え凄まじい眼差しで私のお弁当を見ているし。
今日は多めになんて作ってないからあげないけど。

問答無用でパクパクと目に付いたおかずを口に放り込むと、ショックを受けた顔で私とお弁当を交互に見る善照さん。
やっぱり欲しかったんじゃん。

「ところで、見せたいものって何ですか?」

善照さんとお昼を食べている目的、それはブツを見せて貰うためだ。
もぐもぐと咀嚼しながら善照さんを見ると、思い出したような顔をして、ポケットに手を突っ込む善照さん。
あ、思ってた以上にちっさい物だ。

「昨日、家の物置をひっくり返したんだけどさー…」
「…私との約束を破って、善逸さんの本を読み、その足で何か手掛かりはないかと物置を漁ったんですね」
「…だから、ごめんって」

非常に申し訳なさそうな顔で、善照さんがため息を吐く。
私はくす、と笑って「冗談ですよ」と言ってみたけれど、顔は引き攣らせたままだ。
約束破る方が悪いんですよ。

「で、その物置から何がでてきたんですか?」

ぱっと手のひらを善照さんに向かって差し出した。
私の手を見つめる善照さんの視線が冷たい。

「見せないよ…?」
「それは困ります」
「じゃあ、おかず1個と交換ね」
「は?」

勿体ぶるような態度に私はカチンときてしまう。
そんな私の顔を見て「じょ、冗談です」と慌てて調子を合わせる善照さん。

「ひいじいちゃんの物は出てこなかったんだけど、ひいばあちゃんのは出てきたんだ」
「禰豆子ちゃんの…?」

私の顔を探りつつ、善照さんがポケットから小物を取り出した。
ちょこんと掌に納まっているそれを見て、私は目を見開いた。


「これ…」


震える手でそっと善照さんの手の上にある、シュシュに触れる。
すっかり色褪せていて、元の色は分からなくなってしまったけれど、模様はかろうじて分かる。
そして、拙い私の縫い目も健在だ。
私の、シュシュ。

「どうしたの?」

完全に固まってしまった私を見て、善照さんが心配そうに顔を覗き込む。
私はシュシュをぎゅっと胸の前で手の中へ納めた。


「これは、私が作ったシュシュです」
「名前ちゃんが…?」
「ええ」


コクリと頷き、一度手の中のシュシュを覗いてみる。
間違いない、私のシュシュだ。

確かにシュシュはいつの間にか無くなっていた。
あちらに忘れてきたのだと思っていたけれど、禰豆子ちゃんがずっと保管しておいてくれていたのだろうか。

「そんなに大切なの?」

首を傾げる善照さん。
普通の人から見ればただの布切れにしか見えないだろう。
しかもこんな年代物、小奇麗ではないし。

それでも、


「大好きな人の羽織から作った、大切なシュシュです」


会えなくても、それは変わらない。

思わず泣きそうになったけれど、穏やかに善照さんに微笑むことが出来た。

「これを私に見せてくれて、ありがとうございます、善照さん」

失くし物が見つかりました。



< >

<トップページへ>