20. 山本愈史郎


リビングに戻ると母と善照さんの様子がどことなく変だった。
それを善照さんに尋ねても「なんでもないよ」と下手くそに笑うので、追及するのは止めた。
暫く母の前でお菓子をつつきながら、学校の話をした。
母はどことなく嬉しそうだ、顔が微笑んでいる。
そう言えば、私は家で学校の話をした事が無かったっけ。
普通の一般家庭は親とそう言う会話をするんだろうなと、頭の隅っこで考えた。

心配、させている。
そんな事は重々承知だ。
この時代に戻ってきて、娘の様子が様変わりしているだけでなく、明らかにあの時代に未練を残しているのだから。
学校なんてついで。
行かなくてもいいし、行くなら行くで楽しみ何てある筈がないと思っていたから、
家で話すなんてもってのほかだった。

私が友達を連れてくる、と言った時母はとても驚いただろう。
横に居ても分かるくらい、私の友達を喜んでくれている。
…これから私がしようとしている事を知ったら、母はどう思うのかな。

罪悪感が胸を締め付ける。
そんな気持ちを振り払いたくて、善照さんに「私の部屋で話しましょう」と言った。
それを聞いて善照さんの顔が硬直した。

「へ、部屋…? 名前ちゃんの、部屋?」
「そうですけど…」

何だか寒気を感じる言い回しに思わず目を細めてしまった。
母も苦笑いをしている。
小さなお盆の上に私と善照さんのジュースを乗せて、小袋のお菓子を掴むと、私達は二階に足を踏み入れた。

階段を上がってすぐに私の部屋、隣に和樹の部屋、そして両親の寝室がある。
自分の部屋の前に善照さんを連れてくると、明らかに目で分かるくらい緊張しているのが分かった。
ドン引きなんですけど。

「どうぞ」
「お、お邪魔します」

ドアを開けて中へ誘導した。
物珍しそうに天井から床までをジロジロと視線を走らせる善照さん。
男の子を入れたのは初めてだな、そう言えば。
でもあんまり見られていい気はしない。

「あんまりジロジロ見ないでくれます?」

部屋の真ん中に置いてあるミニテーブルの上にお盆を乗せて、呆れたように善照さんに言った。
だけど聞こえてないのか、善照さんはキョロキョロと首を動かしている。
ああ、もう。好きにすればいいさ。

ふう、とため息を吐いてその様子を眺めていたら、善照さんがピタリと止まって一点を見つめた。
私も一緒になってその方向へ目をやる。

「あ」

善照さんが見ていたのは私のアクセサリーが掛かっているアクセサリーホルダー。
髪ゴムとかバレッタとか。
別に珍しいモノなんてないけれど、問題はその色だ。
全部、そう全部、黄色なんだよね。

善照さんが一つのバレッタを手に取り、見つめた。

「好きすぎでしょ」
「…仕方ないでしょう?」

恥ずかしくてわざと語尾を強めに言ってみた。
何が好きかなんて、言わなくても分かってるだろうし。
善照さんは元の位置にバレッタを置いて、ミニテーブルの前に腰かけた。
私はその向かいに座って、やっと本題へ。

「あの秋祭りで分かった事があります」

コップを善照さんに渡して真面目な顔で呟いた。
こくりと頷いて私の話を聞く善照さん。

「アート展が開催されていましたよね?あそこにあった…」
「山本愈史郎の絵でしょ?あの絵を見てから名前ちゃんの様子がおかしくなったし」
「気付いてました?」
「まあね」

お菓子の袋を破ろうとしたら、思いのほか硬くて開かない。
それを見かねた善照さんが右手を出してくる。
黙って袋を差し出すとあっという間に包装を開けてしまう善照さん。

「その絵がどうしたの?」

お菓子の袋から、一つだけ取り出してパクリと一口。
私も同じようにお菓子に手を伸ばした。

「あの絵に描かれていた女の人は、鬼です」
「鬼?山本愈史郎は鬼の絵を描いてたの?なんでわかったの?」
「それは…」

善照さんの目を見つめ、私は一呼吸置いた。


「善逸さんの本を読んでる善照さんなら、ご存知なのでは?」


ビクリと善照さんの身体が反応した。
何か考えるように顎に手を置いて一寸。

「…鬼とそれだけ近い距離に居たって事?」
「嫌がられても必死に善逸さんに付いて行ってますからね」
「そりゃ嫌がるでしょ、死ぬかもしれないんだし」

はあ、とため息を吐く善照さん。
その姿が、駄々を捏ねて任務に付いて行くと言った、私を見た後の善逸さんに似ていた。

「山本愈史郎の絵は同じ女の人しか描いてないよ。確か…」
「珠世さん。私、このお二人の名前、聞き覚えがあるんです」
「えっ? どこで?」
「……あちらで」

にこっと笑ってそう言うと、目の前の善照さんの顔が少しだけ青ざめたのが分かった。

「は、はぁああっ!? それって、山本愈史郎が百年以上生きてるって事!?」
「そうなりますね。私が知る限り、愈史郎さんも鬼です」
「はっ!?」

ゴホンゴホンと勢いよく咳き込む善照さん。
ジュースが気管にでも入ったのかしら。
ティッシュをはいと手渡すと、戸惑いながら善照さんが受け取った。

「鬼は全部倒したんじゃないの!?」
「私は鬼が全て倒された所を見ていません。その前にこちらに戻ってきましたから。でも、彼らがきっと最後の鬼の筈です。……私は、善逸さん達を信じています」
「…なるほどね」

善照さんが目線を下げてふうと息を吐く。

「彼らは鬼ですが、私達の味方でした。面識はありません。唯一知り合いだったのは炭治郎さんです」
「炭治郎って…カナタと炭彦の。何か繋がりがあるといいけど」
「多分無いでしょ。山本愈史郎って人は気軽に人を近づけさせないみたいですし」

先日調べた情報を思い出す。
記者、猟銃、ヤバイ。
本当に恐ろしい単語しか出てこないくらい、愈史郎さんは気性が激しいみたいだ。
炭治郎さんだから仲良くなれたのかな。
こんなことなら、あの時代にいる時に顔を見せておくんだった。

「彼らは血鬼術を唯一使える人。私があの時代に飛ばされた原因は血鬼術ですから、何かわかるかもしれません」

とは言え、だ。
何処に居るのかも分からない人に気軽に会いに行ける訳でもない。
なんとか住所が分かったとしても、猟銃でブッパされれば終わり。
私があの時代にいた証拠でも見せられるといいけれど、きっと善照さんのように信じてはくれないだろう。


「じゃあ、目標は山本愈史郎に会いに行けばいいって事だよね」


そんな私の不安を一掃するように、善照さんが呟いた。
声色は何でもないようなものだったので、思わず拍子抜けした。

「そ、そうですけど」
「簡単じゃん。会いに行けば分かるじゃん」
「本当に簡単に言いますね」
「わりと簡単な答えでしょ。山本愈史郎が鬼なら、それしかないじゃん」

善照さんの言う通りなんだけれど。
なんだか善照さんに「何でそんなに悩んでるの馬鹿らしい」と言われたみたいで、少しむっとなる。
唇を尖らせて私はお菓子の袋から残りのお菓子を全部回収する。


「じゃあ、会いに行きましょう。付いて来て下さいね、善照さん」


そのまんまの顔でそう言うと、待ってましたとばかりに口角を上げる善照さん。
その顔がちょっとだけ、ほんのちょっとだけ頼もしく見えたのは内緒だ。


「まかせてよ」


何処にそんな自信があるのか分からないけど、自信満々でそう言って、私の頭をぽんぽんと撫でる。
偶に先輩らしい事するようになったなぁ、この人。



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