21. プレゼント


今日もまたこの夢を見るとは。
目の前で繰り広げられる日常を眺めつつ、俺は頭の隅っこで冷静に考えていた。
最近見てなかったな、そう言えば。

俺の隣にいる女の子が俺に向かって何かを離す度に、俺はドキドキしながら女の子にバレないように受け答えをしている。
たまに変な事を言って蔑むような眼で俺を見るけれど、それでも好きだと思ってくれていることくらい分かってる。
黄緑の羽織を纏い、頭には黄色いシュシュ。
女の子…いや、名前ちゃんは俺が差し出した手に、少し照れながら繋ぎ返してくれた。

俺…ひいじいちゃんはそんな彼女を見て心から安堵し、悪い虫がつかないように周囲を睨み利かしている。

最初は気付かなかった。
これはひいじいちゃんと名前ちゃんだ。
じいちゃんの本を読んだのと名前ちゃんから聞いた話で、感化されてしまったみたいだ。
こんな夢を見るくらいには。

段々その夢も薄れていき、次第に外の音が聞こえ始める。
姉ちゃんがドスドスと足音を聞かせながら部屋の前にいるんだ。
そうなるともう俺は目を覚まさないといけない。
夢だと分かっている、でももう少し。
もう少しだけ、名前ちゃんが笑っているところを見たい。
彼女の望んだ笑みはこの笑みの筈だから。


「おっそい。早く起きなさいよ!」

そんな願望も空しく、ドアを蹴り破る勢いで姉ちゃんが部屋へ入ってきた。
俺の布団を乱暴に剥ぎ取り、俺は夢とおさらばすることとなった。

「あら、今日は静かね」
「……」

いつもなら、起こされて「うるせー!」とでも言いながら身体を起こすんだけど、
夢の余韻のせいかモヤモヤして、何も言わずに上半身を起こした。
姉ちゃんは不思議そうに俺を見たけど、俺を起こすというミッションを達成したからだろうか。
さっさと部屋から出て行ってしまう。

もそっとダルイ身体をベットから引きずるように立ち上がり、俺はクローゼットの扉を開ける。
自分の制服をハンガーのまま取り出して、ため息を吐いた。

「何が悲しくて、好きな人が他の男とイチャイチャしてる夢を見なきゃならないんだ」

俺視点ではあるけれど、あれは俺じゃない。
そうなりたいと心の底から思うけれど、到底無理な話。

モヤモヤしながら、俺は諦めて着替える事にした。


ーーーーーーーー


「アンタって、名前ちゃんと付き合ってるの?」
「…ブハァッ」

朝ごはんの味噌汁を盛大に吹き零し、咳き込む俺。
目の前の姉ちゃんは「きたなっ…」と一言漏らしただけだった。
いやいや、姉ちゃんのせいなんですけど!?
咳がようやく治まって、俺は口元に袖で拭い「んなわけない」と呟く。

「付き合ってないの?あんなに仲良いのに?」
「仲は良いのは認めるけど、そもそも名前ちゃんには好きな人がいるんだよ」
「へぇ〜、残念ね」

全く残念そうに見えない顔で、くすりと笑う姉ちゃん。
喧嘩売られてるんだろうか。
実の姉に殺意を抱きつつ、俺は今度こそ冷静に味噌汁を口に含んだ。

お茶を飲みながら姉ちゃんは片手で雑誌をペラペラと捲っている。
それを物珍しそうに覗いていたら、姉ちゃんが俺に気付いた。

「…あんたみたいなイケてない男でも、プレゼントの一つや二つで印象変わるんじゃない?」

そう言って、自分が読んでいた雑誌をこちらに寄こす。
丁度開かれていたページには「彼氏から貰って喜ぶプレゼント!特集」と書かれている。
姉ちゃんはニヤニヤと笑ったまま「名前ちゃんの好きなものとか知ってるんでしょ?」と尋ねてくる。
好きなもの?そんなもの誰よりも知ってる。
でもこの時代では手に入らないものだから。

はあ、とため息を吐いた俺を見て、思った反応と違ったのか残念そうな顔をする姉ちゃん。

「好きなもの、知らないの?」
「…知ってるけどさ」
「女の子ならアクセサリーとか貰ったら嬉しいんじゃない?」
「アクセサリー…」

そう言えば。
名前ちゃんの家にあったアクセサリー。
色々種類があったから、身に着けるのは好きなんだと思う。
でもなぁ、全部もれなくひいじいちゃんを投影したものばっかだしなぁ。
うーん。

「ほら、これなんて素敵でしょ」

姉ちゃんの人差し指が雑誌をさす。

「ネックレス…?」
「そ。一番無難よ」
「そうかなぁ」
「そうそう。今度買い物に付き合ってあげるから、プレゼント考えてみなさいよ」
「……」

何だろう。
姉ちゃんらしくないというか。
いつもは俺に向かって目を吊り上げて怒るか、蔑んだ目で見るかのどっちかなのに。
もしかして、優しい…?

「カナタと良い事あった?」
「は? いつもと変わんないけど」
「……」

とはいえ、まあ姉ちゃんのお陰で沈んでいた気分もちょっと向上した。
名前ちゃんに俺の気持ちを伝えようなんて、あの秋祭りの日から考えたこともなかったけど。
プレゼントくらいならあげても抵抗ないかな。
もし俺がプレゼントを渡したら、名前ちゃんは喜んでくれるだろうか。
ひいじいちゃんじゃないけどさ。

「じゃあ、姉ちゃん。付き合って」
「いいよ。その代わり、今度駅前に出来たケーキ屋さんのケーキ、おごって」

さっきまで姉ちゃんを見直そうと思ていた自分をビンタしてやりたい。
どうせそんな事だろうと思ったよ。

俺は味噌汁を口に掻き込んで、席を立った。
今日も名前ちゃんの所に迎えに行こうっと。
この際ストーカーだとかなんだとか思われても別にいい。
俺がしたいようにしよう。

「サンキュー姉ちゃん」

まだ飯を食ってる姉ちゃんに礼だけ言って、俺は家を出た。


名前ちゃんに贈り物をする。
何がいいだろうか。
俺みたいにセンスのないやつが考えるよりも姉ちゃんに任せておけば、何とかなる気がするけどさ。
プレゼントを渡したときに、喜ぶ顔を想像する。
夢の中のあの笑みのような、そんな表情だったら嬉しいな。

そんな事を考えていたら、あっという間に名前ちゃんの家の前だった。
慣れた手つきでインターフォンを押すと、暫くして名前ちゃんが顔を出す。
だけど、いつもと様子がおかしい。
どうおかしいって言われると、俺の方を見ないでずっと下を向いている。
なんで?

「おはよう、名前ちゃん。どうしたの?」
「…なんでもないです」

何でもないというけれど、とてもそんな風には見えない。
まるで最初に会った時みたいだと頭の隅っこで思った。

「ねえ、こっち向いて名前ちゃん」

さっさと俺を置いて歩きだそうとする名前ちゃんを呼び止めて、そう言った。

しぶしぶといった様子で名前ちゃんが顔を上げる。
その顔は見事に目元が腫れ、なんとも痛々しい様子だった。

「な、な…」
「あんまり見ないでください」
「泣いてたの!?」
「うるさいです」

そう言ってまた下を向く名前ちゃん。
…絶対泣いてたでしょ、これ。

俺は小走りで名前ちゃんの横に並ぶと、こっそり息を吐いたのだった。



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