24. 初対面


「いくらなんでも無謀過ぎましたでしょうか…」
「最初から分かってたでしょ。会えるか分からないんだからさ」
「じゃなくて、この山道の事です」
「あー…そうね」

ぜーはーぜーはーと二人、息を切らして山道を歩く。
大正時代の山道とは違って、途中までは人が歩けるようにある程度舗装されていたけれど、それでも私達ティーンエイジャーが「カラオケ行こうぜ」のノリで歩けるほど、簡単な道のりではなかった。
私とて、あの時代で散々歩きなれていたとは言え、あれから何か月も経っているので、残念ながら体力はリセットされていた。
私の真横を同じく汗だくで歩く善照さんも、先程から若干口数が少ない所を見ると、結構しんどそう。
元々善照さんは運動が得意な方ではないらしい。
善逸さんはいつも山道を平気な顔で登っていたので、そう言う意味では新鮮である。

今日は休日と言うこともあって、善照さんと一緒に山本愈史郎の家があるという山まで、遠路はるばるやってきた。
最寄りの駅に降りてすぐ、そこらを歩いていた奥様にどちらにお家があるのか、と尋ねると大体の方向は教えてくれた。

「けれど、多分中には入れないし、見つける事も出来ないんじゃないかしら」

そう言って奥様は困った顔でどこかへ行ってしまった。
見つける事が出来ない、それは十分にあり得る。
炭治郎さんに昔聞いたことがあった。
珠世さんと愈史郎さんは無惨から隠れて暮らしているため、索敵能力や身を隠す術はピカイチだと。
だとすれば、こんなヒョロヒョロ私達が簡単に見つけられる程、愈史郎さんは優しくないということだ。
元より無理は承知で二人出かける事にしたのだ。
まず大体の場所を見つける事ができれば、何度も通っている内に会えるかもしれない。

だとしても、この山道に慣れるかどうかはわからないけれど。

ネットでもこの山に住んでいる、という情報はあった。
間違っていない筈だけど、そもそも人が住む場所なのか非常に怪しいところ。
まあ、人ではないんだけれども。

「きゅ、休憩取りましょう」
「さっき休憩したばかりじゃなかったっけ?」
「いくら寒くなる季節だからといって、休憩を怠ると熱中症になりますよ」
「いや、だからさっき休憩したよね?」

善照さんと軽口を叩けるほどであれば、まだ大丈夫だろう。
足元の木の枝を踏むとパキパキ音がなる。
あの時代に居た時、私は山が嫌いだった。
山って漏れなく鬼の住処のパターンが多かったんだもの。
いくらこの時代に鬼が居ないからと言って、そうそう慣れるものではないし。

「うわっ」

とか考えてたら、思いっきり躓いた。
倒れそうになる身体が善照さんによって支えられる。

「危ないなー…ガチで休憩する?」

いくら善逸さんよりもヒョロヒョロだとは言え、善照さんも男の人な訳で、私よりも断然力は強い。
自分の腕を掴んだ善照さんの手を見ながら「大丈夫ですよ」と言い放った。

「それにしたって、結構歩いた気がするんだけども、全然家なんて見えないし、本当にこっちなの?」

善照さんから離れてぱっぱっ、と自分の服を払う私。
それを見た善照さんが疲労感の見える声で呟いた。
分からなくもないですよ、そりゃ最初からずっと山特有の木々と草しか見えませんからね。

「あってると思いますよ。でも愈史郎さんは多分意図的に隠れていらっしゃると思いますから、簡単に見つかるような所にいらっしゃらないと思います」
「それってさ、絶対見つけられないの間違いじゃない?」
「そんな弱気でどうするんですか!善照さんが言ったんですよ!?善逸さんの傍に居ろって」
「…早速撤回しようかな」

私達の呟きは残念ながら天の神様に届くことなく、刻一刻と時間だけが過ぎていった。
あんなに高いところにあった陽の光も、今は茜色になって木々の隙間から顔を出している。
私達の間の空気も、そろそろ撤収する頃合だろうという雰囲気を醸し出していた。
山道のせいでスニーカーもドロドロだ。

「善照さん、もう…」

帰りましょう、そう声を掛けようとした。
隣の善照さんが真っ直ぐ正面を見て固まっている。
私は首を傾げて「善照さん?」と尋ねた。
それでも無反応の善照さん。
私も同じように善照さんの視線の先に目をやった。

「家?」

生い茂る木々の隙間。
そこから見えたレンガ造りの壁。
洋風な建物がそこにあった。

「名前、ちゃん」

善照さんの声が震えていた。
興奮しているようなそんな声。
隣で私はこくこくと鳩のように頷く。

「…あ、った!」

先程までゾンビのように歩いていた私達だったが、まるで水を得た魚のようにすいすいと洋風な建物に向かって進んでいく。
さっきまで、こんなの見えなかった!
突然湧いたような建物に興奮してしまうのは、仕方ないと思う。
背中のリュックも大暴れだ。

あっという間に私たちは建物の真下までやってくると、見上げて建物を観察する。
とても山の中にあるとは思えないレンガ造りのお家。
私達が到達したのは丁度建物の裏口にあたるので、そのまま正面玄関の方へ回る。

表札も何も無い。
人の気配なんてない。
でも、誰か住んでいる。
じゃないとこんなに綺麗であるはずが無い。
ドキドキと緊張なのか、よくわからない鼓動で胸がいっぱいだ。
本当に…本当に愈史郎さんの、お家?

呼び鈴すらない焦げ茶色の扉に触れ、私はゴクリと唾を飲んだ。

「名前ちゃん、俺が…」
「いえ、大丈夫です」

私に気を使って、善照さんが前に出ようとする。
だけどそれをやんわり断って、私は数回ノックをした。
神妙な顔で善照さんが私の手を握ってきた。
…こういう優しい所が、血が繋がってるんだなぁって思う。

ノックして、暫く扉の前で待ってみたけど反応は無かった。
お留守なのかもしれない。
一応もう一度ノックをしてみる。

……やっぱり、中に人は居ないみたい。
今日は家を見つけただけ収穫があった。
本当に帰ろうかと、善照さんに苦笑いを見せた、その時。

カチャリ、と音がして目の前の扉が開いた。
数センチ開いた先に見えたのは、鋭い瞳。
思わず背中がゾクリとするような。

ぎゅっと更に力を込めて善照さんが手を握る。

「あ、あの…」

扉は完全に開かれていない。
だけど、目の前にいる人がきっとそうなのだろう。
なんと言っていいのか分からないけれど、全てを説明しようとした。
それを遮るように扉の向こうの人は、口を開いた。


「……遅かったな。どれだけ待たせば気が済むんだ」


呆れたように、でもどこかほっとするような声色で。
扉が最後まで開けられ、中の人が私達の前に現れた。

見た目の歳は私たちとそう変わらない、青年だった。
深緑のように見える髪がさらりと揺れる。
一目見て分かった、この人はやっぱり人間じゃないって。

まさか本当に会えると思ってなかった私達は、口をポカンと開けて驚くしかなかった。


「ゆ、愈史郎、さん…ですか?」


何とかそう口を動かすと、目の前の青年は少し顔をムッとさせた。

「何を寝ぼけた事を言って…あぁ、まだだったか」

そう言って1人納得するような顔で、私たちを見る愈史郎さん(?)。
未だに夢なのか現実なのか分からない。
固まったままの私たちを鼻で笑い「さっさと入れ、小僧、小娘」と中へ促す。

初対面、だよね?
なんでこんな偉そうなんだろう…と、心の中でドキドキしながら私は足を踏み出した。



< >

<トップページへ>