30. 誰かと似ている


とても長い時間、三人で善逸さんの本を読んでいた。
まるで幼子に絵本を読み聞かせをするように。
たまに私に情景の説明をして、父と母が納得して。
善逸さんが書く私の描写に母は笑っていたけれど、父はとても複雑そうな顔をして文字を睨んでいた。
私も隣で聞いていて、少し恥ずかしかった。
善照さんの言っていた意味を理解したような気がする。

朝早くから読み始めて、お昼ご飯を挟み、それでもまた並んで読んだ。
途中からは和樹が参加していた。

「姉ちゃんの選ぶ男って、全然想像つかねー」

と、悪態を吐いていたけれど、それ以上の文句は口にはしなかった。
父も母も同様だ。
善逸さんは本の中で細かな所は省いていてくれているようで、私と善逸さんの逢瀬がスルーされている事だけは本気で感謝した。

とても長い時間だった。

ある程度の所まで読み進めた。
私の最後の記憶と合致するところまで。
すると次のページからは文字が無くなって、真っ白になっていた。
続きが書かれていないのか、それとも読めなくなったのか。
あまりに中途半端に終わってしまった本を、父はパタンと閉じた。

「……父としてはとても複雑だな」

低く捻りだされた言葉に母がくすくすと笑みを零す。
私はもうこれ以上何も言えなかった。
父と母がこの本を読んでどういう思いを抱いたか、それから私をどうしたいのか。
それを聞かなければいけないけれど、私にはそれを口にする余裕はなかった。
善逸さんが、何故私を置いて行ったのか。
それを理解したからだ。

「…っ…」

ポタポタと膝の上に雫が落ちる。
隣の和樹が一瞬で気付き、ぎょっとした顔で私を見る。
不器用に近くにあったティッシュ箱を寄こしてくれたので、素直に受け取っておく。

「…私を、死なせないために善逸さんは、一人で」

善逸さんと別れたあの日。
どれだけ縋っても善逸さんは私を連れて行ってはくれなかった。
そこには想像以上の愛情があった。
私は、とても愛されていた。

この先、善逸さんが他の誰かを選んだとしても。
私は、きっとこの事実だけで一生生きていける。
死んでほしくないと願ってもらうほど、愛してもらった事実を。

ポンポンと私の背中を大きな手が優しく叩く。
父が穏やかな顔で私を見ていた。


「……やっぱり、私があの時送り出したのは、間違いなんかじゃなかったのね」


そう言って母は立ち上がり、私の前までやってくると私の頬を優しく撫でた。
その表情が優しくて、どこか善照さんと似ているような気がした。


「…さて、今日はピザでも頼むか」


父の一言で和樹が「ピザかぁ」と声を上げる。
まるで何事もなかったかのように、ソファからぞろぞろ動き始め、母に支えられて私はテーブルの席に着いた。

その日はとても楽しく過ごした。
まるで何事もなかったかのように、私があの時代へ飛ばされる前のように。
こちらへ帰ってきてからは一回も家族の前で心から笑ったことは無かった。
最後の一切れのピザをみっともなく和樹と取り合って、それからバラエティー番組を見てケラケラと笑って。
普通の家族として、その晩は過ごした。


◇◇◇


朝、目が覚めて鏡を見るとやっぱり目は腫れていたけれど、心は穏やかだった。
散々泣いた。笑った。
だからなのか、心の中はとてもすっきりしていた。
リビングに居た母も同じような顔をしていた。

「…どうして、お母さんたちは私がまた向こうの時代に行くと、分かってたの?」

ふと疑問に思ったことを尋ねてみた。
朝ご飯の用意をしていた母の背中は「んー?」と優しく答えてくれた。

「突然いなくなって、突然帰ってくるんだもの。また突然居なくなる可能性だって、あるでしょう?」
「そう、だね」
「あの子に会う方法、見つけたの?」
「うん」
「……そう」

最後の一言だけは少し寂しそうだった。

身支度をして玄関を出ると、ポケットに手を突っ込んだ善照さんが立っていた。
心配そうな瞳が私を映して、それから優しい声で「大丈夫?」と言ってくれる。
私は善照さんの隣までゆっくりと歩き、自信気にこくりと頷いた。

「もう大丈夫です」

きっと今でも家族は反対だろうけれど、それでも少しくらい善逸さんの事を信じてくれていると思う。
善照さんと二人並んで歩きだした。
じろりと睨みつけるように善照さんを見ると、眉間に皺を寄せて善照さんが「何?」と呟く。

「あの本、最後まで読めなかったんですけど。善照さん、また嘘つきましたね?」
「……俺は嘘なんてついてないよ」
「それがもう嘘なんです」
「ほんとほんと。読まなくたって、この先のこと、知ってるからさ」

どこかぎこちなく笑う姿に私は首を傾げたけれど、気を取り直した善照さんが私の手を引っ張って駆けだした。

「俺以外にもお別れ言わないと行けないんでしょ? ほらほら、急ぐよ」
「…っ、何も今急ぐ必要は全くありません、よ!」

苦々しく目の前の背中に悪態吐いてみたけれど、善照さんはただ楽しそうに前を走る。
その背中が、金色の羽織の背中とダブって見える事は無かった。
善逸さんよりも背の高い、この人。
その割にひょろひょろで腕なんて私くらい細い。

最初はあんなに一緒に見えたのに。

全然違う人だ。


「……でも、誰かと似てるんですよね」


善逸さんとは違う、誰か。
ぽつりと呟いた独り言に善照さんは「なーにー?」と反応をしたけれど、
すぐに「何でもないです」と返しておいた。
まあ、別に大したことではないから、と私の脳はすぐに切り替わってしまった。



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