34. 皮肉だよね



この家に来るのは二回目だ。
泣きはらした目をしている名前ちゃんを見ていると、本当にこれが最後なんだと実感してくる。
本当は連れてくるのも気が進まなかったけれど、そういうわけにはいかない。
だって、これが名前ちゃんの選んだ道だから。

名前ちゃんが愈史郎さんの指示で着替えてくると言って、そのまま二階の階段の駆け上がる。
その背中を見つめながら、俺はふうと息を吐いた。

あの写真さえ見なければ、ここまで気持ちを揺さぶられる事もなかったんだけどな。

先日家の倉庫をひっくり返した際に出てきたものを、思い出しながら俺は目を伏せた。


◇◇◇

「父さん、これ、何?」
「ん?」

リビングでゴロゴロしている背中に声を掛ければ、俺と似たような顔をした父さんがくるりと首だけこちらに向ける。
姉ちゃん曰く、俺たち親子はとても似ているらしい。
顔も、性格的にも。
まあ、元を質すとひいじいちゃんの血が色濃く受け継がれているってことなんだろうけどさ。

以前倉庫の整理をしたときに、ひいばあちゃんの物が出てきたことがあった。
それ以外に何かないかと先程、探していた矢先、出てきたのがこの箱だ。
お菓子の箱くらいの大きさの、比較的綺麗にしまわれていた箱。
きっとひいじいちゃんか、ひいばあちゃんの物だろうと、休みで家に居た父さんに尋ねる事にしたのだ。

父さんの視線が俺の手元に移り「あぁ、それな」と言って身体を起こす。
その表情はどこか懐かしむようで、穏やかに微笑んでいる。
俺の手から箱を取り、そっと両手で蓋を開けた。
中には古い手紙何かが沢山入っていた。

「ひいばあちゃんの手紙とか写真とかだな」
「写真もあるの?」

パラパラと父さんの手が紙を束ねていく。
確かに中には写真も含まれているようだ。
暗所に置かれていたからだろうか。劣化は少ないように見えた。

手紙の方もちらりと視線を移すと「愈史郎」「炭治郎」「カナヲ」と書かれた封筒がいくつも出てくる。
名前ちゃんと知り合って、どれもこれも知っている名前ばかりだ。

「懐かしいなぁ〜…よくじいさんに自慢されたっけ」

じいさん、それは善逸じいさんの事だろう。
手元の写真を床にぺたぺたと並べていく父さん。
モノクロの写真の中で笑う俺たちによく似た顔。
これが、善逸じいさんか。
モノクロで色までは分からないけれど、確かに髪色は黒ではないらしい。
ひいじいちゃんの横にいるのは、炭彦によく似た顔の人。
きっとこれが「炭治郎」だろう。
逆隣にいる美形な顔の人は良く分からないけれど、上半身裸でいる様子から性別が男であると悟った。

「じいちゃんはまめな人でね、ばあちゃんと結婚してから、良く写真を撮ってたみたいだよ」
「ふうん。じゃあ、ひいばあちゃんの写真もあるの?」
「あるある、ちょっと待てよ…じいちゃん、ばあちゃんの写真だけは自分一人で隠し持ってたからな」

まあ、あれだけ独占欲強そうなひいじいちゃんならあり得る。
何となくそう思いながら、写真を探す父さんの手を見つめていた。


「あ、あった! ほら、じいちゃんの結婚の写真だよ」


俺は父さんの向いに腰を下ろし、床に置かれた一枚の写真を覗き込む。
そして、それを見て俺は目を見開き、声を失った。

和装で着飾ったひいじいちゃん。
その瞳は優しく隣の白無垢の人に向けられていた。
ひいじいちゃんの隣で白無垢を着て座っていたのは……。


「名前、ちゃん」


お化粧をして、髪は幾分短くなっているけれど、見間違えようのない、彼女だった。
俺がぽつりと呟いた名前に父さんは感心したように声を上げた。

「ばあちゃんの名前、良く知ってるなぁ」
「…本当に、ひいばあちゃんなの?」
「俺らとそっくりの爺さんの隣にいるのに、違うと思うか?」
「それは、そうだけど…禰豆子さん、は?」

震える手でその写真を持つ。
どっからどう見ても名前ちゃんだ。
え、だって、名前ちゃんは、ひいじいちゃんの伴侶は禰豆子さんだって言ってた。
姉ちゃんが禰豆子さんにそっくりなのが、その証拠だと。

驚く俺に父さんは「あぁ、禰豆子ばあちゃんも知ってるのか」と呟く。

「禰豆子、ばあちゃん?」

写真から目を離して父さんの目を見ると、父さんは手元の写真を一枚ぺらりと差し出す。
そこに映っていたのは、姉ちゃん、ではなく、姉ちゃんにそっくりな禰豆子さんと、知らない男性。

「もう一人のばあちゃんだよ」

そう言って禰豆子さんを指さす父さん。
次に男性を指さし「もう一人のじいちゃん」と言う。


「わかったか?」


ふ、と笑われ俺の頭をぽんと撫でる父さん。
俺はまだ整理の出来ていない頭をしっかりフル稼働させ、何となく理解をした。

えと。
つまりは、


「父方と母方のばあちゃん達だよ」


まるで視界が開けたような気さえした。
要は、善逸じいさんと名前ちゃんの子と禰豆子さんの子が結婚して夫婦になったんだ。
どちらも、俺にとってはひいばあちゃん。

姉ちゃんが禰豆子さんに似ているのも、倉庫に名前ちゃんの物があったのも。
全部全部、これで繋がった。

体中の力が抜けていくような気がした。
心の底から安堵した。
ひいじいちゃんは、そうだったんだ。
名前ちゃん以外を選ばなかった。
白無垢を着ているその表情は、見た事ないくらいの輝かしい笑顔で。
これから幸せになる花嫁の顔だった。

「あれ、後ろに何か書いてるぞ」

あまりの衝撃にまだ何も言えない俺を余所に、父さんは俺の手の写真を指差した。
言われるまま、ぴらりと写真を裏返すと、そこには達筆な文字で一言書かれている。


『善照さん、これを母に』


俺に、向けられたメッセージだった。
父さんは首を傾げていたけれど、俺にはすぐにわかった。
この写真に写っている名前ちゃんは、確実に俺と一緒に学校生活をしていた名前ちゃんだ。
そして、この写真を名前ちゃんのお母さんに届けるまでが俺の仕事なんだと。

全てを理解し、俺は大事にその写真を胸に仕舞った。


◇◇◇


洋服から着物へ着替えた名前ちゃん。
ポケットから俺は一つの箱を取り出し、名前ちゃんの首にかけた。

「その石ね、石言葉があるんだってさ」
「石言葉…?」
「そ。意味はね、再会」

名前ちゃんに以前購入したネックレスを贈る。
彼女は受け取れないと首を振ったけれど、持っていてもらわないと困る。
俺の気持ちがそこに詰まっているんだ。

全部わかったんだよ、俺。

俺たちは、また会える。
その時俺は、きっと名前ちゃんの事、分からないと思うけれど。
名前ちゃんなら、俺を見つけてくれる。

「俺、絶対に会いに行くから。名前ちゃんもそれまで覚えておいて」
「善照さん、私」
「俺が会いに行くまでボケたりしないでね」
「…ボケませんし、死にません!」

ボケないことも知ってる。
じゃないと、俺の名前を『善照』なんてつけないでしょ。
長生きしてよ、絶対。
俺が会いに行くんだから。


「善照さん、ありがとう」


ぐっちゃぐちゃの顔で、それでも俺にとっては抱き締めたいくらいの表情で。
最高の一言を言って名前ちゃんは俺の手を取る。

「元気でね、名前ちゃん」
「善照さんこそ、お元気で」

愈史郎さんがこくりと頷く。
もう、本当に最後だ。



「またね ひいばあちゃん」



俺がそう言ってすぐに、名前ちゃんの姿は見えなくなった。



握っていた手にはもう、誰の手もない。
ぎゅうっと力の限り手を握って、俺は自分の涙を拭った。

皮肉だよね。
もし名前ちゃんが俺を選んでこの時代に残っていたとしても、俺は消えてしまうんだよ。
俺と姉ちゃんが消えない方法は、名前ちゃんがあの時代に帰るしかなかった。

俺と、一緒になる事は最初から不可能だったってわけ。


「あー…善逸じいさんが羨ましいよ」


あんな可愛いお嫁さんを貰ってさ。
……幸せにしなかったら、許さないよ。
俺の大切な、女の子なんだから。


「……おい、何を感傷に浸ってる。次はお前だ、早くこっちへ来い」


人が感情の整理をしていた矢先。
愈史郎さんは容赦なく言い放つ。
俺は思わずキッと睨みつけて「次ってどういうこと?」と言うと、はぁ、とため息を吐かれてしまった。

「いいからさっさとしろ。今なら、まだ道があるんだ。これもお前の仕事のうちだ」
「道? 仕事? だから、どういう…」
「面倒くさい一族め! いいから、さっさと行ってこい」

ボン、と俺のケツを蹴り上げて舌打ちを零す愈史郎さん。
ズシャァと鈍い音を立てて、俺の身体は床に倒れた。
痛みの走るケツを押さえ、半泣きで「愈史郎さん! 何すんだよ!」と顔を上げたら、

そこは愈史郎さんの家ではなかった。

背景が真っ白の空間。
何もない。
まるでファンタジーの世界だ。
ここは何だろう、愈史郎さんは俺に何をしたんだ。

キョロキョロと辺りを見渡して、俺は気付いた。

金色の髪と羽織を纏う人が倒れていることに。

……ねえ、愈史郎さん。俺をどこに飛ばしたの。

嫌な予感が頭を過ったが、半分諦めて俺は人影に向かって歩き出した。



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