02. 善逸さん…?


本来ならば高校二年生になるはずだった私は、晴れて高校一年生となった。
一つ下の子たちと一緒に授業を受けるのは何とも気恥ずかしさがあるけれど、仕方ない。
学力的に言えば今の私の方が遥かに劣るし。

時期は秋から冬になろうとしていた。
衣替えは済んでいるみたいだ、だからこのブレザーを着ることになる。
こんな中途半端な時期に転入してくる私に、友達なんてできるだろうか。
中学の時の友達も何人か同じ学校だと聞いている。
もし友達が出来なくても、上の学年に遊びに行けばいいか。

まあ、友達なんて作る気全然起きないんだけれど。

それでも家族が心配するだろうから、学校には行くだけで。
何もしないとどうにかなってしまいそうだし。
余計な事を考えてしまうから。
私には余計なことでは無いけれど、いつまでも前に進めないのも困る。

今日は学校までの道のりを歩いてみようかな。
登校日に突然迷子になる事だけは避けたい。
何せ高校に通うのなんて初めてだ。
まだ道を走る車の音に慣れてはいないけれど、ゆっくりでも慣れていかないといけない。
ここで暮らすのならば。

案外自分が冷静に物事を考えていることに驚いた。
あの時代で過ごした経験があったからだろうか。

…許されるなら泣き叫びたいけどね。


私は母に散歩に行くことを伝えて、玄関の靴を履く。
その様子を母が心配そうに後ろから眺めていた。
母の気持ちも分かる。また娘が帰って来なくなる事を心配しているんだ。
そりゃそうだよね。何年も消えたんだから。
でも多分、私はもう…。

胸にちくりと棘が刺さったような痛みが走る。

これ以上考えると大泣きしそうだ。
母のいる前で泣くのは嫌だ。
私が帰ってきて喜んでいる人の前で「戻りたい」なんて死んでも言えない。
涙がこぼれる前にさっさと家から出よう。

「じゃあ、行ってくるね」
「行ってらっしゃい、名前」

いつだったか、今際の際、母とカレーを作る夢を見た。
その時も同じような会話をしたけれど、その時とは違う感情だ。
いつか、そんなこともあったなぁと懐かしむことができるのかもしれない。
今は到底無理だけど。


振り返らずに私は家を出た。



――――――――――――


平日の昼間だけあって、道を歩いていても人通りは少なかった。
特に通学路は、買い物をした主婦くらいしかすれ違う事が無い。
キョロキョロと物珍しそうに辺りを眺める私。
何かを探すように見てしまっている事に気付いて、すぐに止めた。

いい加減にしないと。
そんな事は分かってる。最初の頃はあんなに帰りたいと言ってた筈だ。
願い叶ってここにいるのだから、もう考えてはだめだ。

分かってる。

もう、会えない事は。


「あ…」

気が付いたら、ポタポタと頬からアスファルトに雫が落ちていた。
慌てて袖で拭って、何事もなかったように歩き出す。

忘れる事なんて、出来ない。
だって、あの人が私の全てだったから。
それでも忘れなければならない。
ここには善逸さんはいない。
この数ヶ月で散々理解した。
あちらから呼ばれることがあれば、可能かもしれないけれど、私を呼んだ鬼はとうに死んでいる。


きっと私は一生、この想いを背負っていくんだろう。
むしろその方が良いとさえ思っている。


諦めに似た感情で胸がいっぱいになったところで、私が通う高校の校門までやってきた。
どうやら迷子になることなくたどり着くことが出来たらしい。
これで当日は問題ない。
今は授業中だろうか。校門の付近には誰もいない。
静寂が広がる。

「……帰ろっかな」

もう用は済んだ。
踵を返し、来た道を戻ろう。
それから帰ったら予習でもしよう。

到底前を向いて歩く気になれなくて、若干俯きがちで歩いていたら、目の前を走る足音に気付くのが遅れた。
視界に足が見えた瞬間に私は気づいて、慌てて足を止めた。

相手もぶつかる前に停止し、私たちは事なきを得る。
俯きたいけど、この時代で下を向いていたら死ぬかも。
これからはちゃんと前を向いて歩かないと。

「あ、ごめんな…さい」

ハッとなって慌てて顔を上げた。
私の謝罪は語尾が小さくなり、そして完全に止まった。
周囲の音が聞こえなくなって、私とその人だけしか見えない。

目を見開いて、目の前にいる人を認識した時。
私の口からはあんなに呼びたかった人の名前が飛び出していた。



「善逸さん…?」



その人は、愛しい人によく似た黒髪の男の子だった。



< >

<トップページへ>