04. 心残り


無限列車の中で見せられた夢を見た時、偽物の善逸さんを一目見て、すぐに偽物だと分かった。
どんなにそっくりでも本物の区別は出来る、ってずっと思っていた。
それでも、目の前に現れた黒髪の男の子を見た時、一瞬「善逸さん」だと認識してしまった。
髪の色が全く違うのに。
体格も、違うのに。

どうしてだろう。
顔が似ているのは勿論なんだけれど。

すぐに別人だと無理やり頭に叩き込んだ。
そうでもしないと、私の目には「善逸さん」としか認識しないだろうから。
情けない事に、その衝撃は大きかったようでまともに立つことも出来なくなった。
全身が震える。
恐怖ではない、なんだろう、これ。

私に気を遣って、コンビニで飲み物まで買ってきてくれる男の子。
でも直接顔を見る事は出来ない。
見てしまったら、嫌でも「善逸さん」と感じてしまうから。
少しの希望を抱いてしまうから。

体の震えはマシになった。この男の子のお蔭ではあるけれど、そもそも彼の所為でもある。
さっさとこの場から逃げかえりたい衝動に襲われる。
足がまともになったら、足早に帰ろう。
そう決心して、頂いた紅茶に口を付けた。

きっとこの男の子はあの学校の生徒なんだろう。
学生カバンと制服を見れば分かる。
何故こんな時間帯に登校しているのかは分からないけれど。

隣でジュースを飲んでいた男の子が何か思いついたように口を開いた。
その言葉で更に私の頭は混乱する事になる。



「ねえ、名前教えてよ。何ちゃん? 俺は我妻善照って言うんだけど…」

『ねえねえねえねぇ!! 君名前何ていうの!? 俺、我妻善逸っていうんだよ』



昔、善逸さんと初めて会った時の会話とリンクする。
あがつま。
この男の子は自分の姓を「我妻」と言った。
偶然なんかじゃない、きっと。
私の想像はきっと当たっている。
それは私にとって悲しい現実でもあったけれど。

「あが、つま…?」

ぽつりと呟く。
こんな時まで冷静に考えてしまう自分に腹が立つ。
喚き散らすように泣ければ良かった。
だって、この男の子は…。

「善逸さんの、子孫」

彼に血のつながった兄弟はいない。
私が知る限り、一人も。
そして、家族も。
そうなると答えはただ一つ。
ただの他人の空似の筈はないだろうから、そうとしか考えられない。

逸らしていた視線を勇気を振り絞って男の子の瞳にやると、全て理解した。

ああ、そう。

同じ瞳だ。


「……私、今度からこの学校に通うんです。苗字名前といいます」

冷静に。
取り乱してはいけない。
心臓の音がバクバクと鳴り響く。
善逸さんなら、きっとわかってしまうだろうね。

泣きたくなる感情を抑え、なんとかそう言うと我妻善照といった男の子は「名前ちゃんっていうんだ」と呟いた。
折角拾ってくれたペットボトルをそっと受け取り、私はコクリと頷く。
まだ心臓が五月蠅い。
大丈夫、このまま何事もなかったように、帰ろう。

会話も途切れた、と思って男の子に別れを告げようとした。

「何歳?」

だけど、彼は次の質問をぽんと飛ばしてくる。
そんなの無視して帰ればいいんだけれど、どうしてもそれが出来ないのはこの人が「善逸さん」と同じだからだろうか。

「俺は17歳。2年だよ。名前ちゃんは?」

ズキン、と胸が痛む。
名前ちゃん。
そう呼んでくれていたのはあの人も同じ。

「私ももうすぐ17歳ですよ、でも私は訳あって1年です。我妻先輩」

少し驚いた顔をした我妻さん、いや先輩。
同い年でも彼は先輩になるわけだ。
…さて、もういいだろう。

足に力を入れてみると、すっと立ち上がる事が出来た。
これなら帰れる。

「先輩、飲み物ありがとうございました。また学校で会えたら、よろしくお願い致しますね」

ベンチに座る先輩に薄っぺらい笑顔を見せて、それだけ言うと私は振り返りもせずに歩き出した。
後ろで「ちょっと…」と声を出してはいたけれど、ごめんなさい、止まれません。
貴方の横になんて居たくない。

それ以上何も言われなかったので、コンビニから離れた途端私は猛ダッシュで駆けだした。

この時代に帰ってきて、走ったのは初めてだ。
絡まりそうになりながら、アスファルトの上を駆けていく。
走って、走って、走って。
自分の家が見えて、さらに加速する。
大きな音を立ててドアを開け、乱暴に靴を脱ぎ、リビングのソファに座っている母を見つけた。

「あら、おかえりなさい、名前…どうしたの?」

一瞬で私の様子がおかしいと気付いた母が、ソファから立ち上がる。
もう我慢の限界だった。
視界がぐにゃりと歪み、瞳からは止めどなく涙が零れ始めていた。

ゆっくり母に近付き、その体をそっと抱きしめる。
母も何も言わずに私を抱き締めてくれた。

泣くつもりなんて、無かったのに。

百年以上昔の話。
あの人が生きているなんて、思ってはいなかった。
だけど、心の奥ではどこかにいるんじゃないか、って勝手に思っていた。
もしかして、ひょっこり顔を出すんじゃないかって。
それは理性でどうにかなるものではなくて、ただただ私の小さな小さな願望。

でもそんなものは本当にただの夢物語だった。
我妻善照、という男の子に出会って、それは大きく音を立てて崩れた。
まるであの人がもうこの時代に居ないと、そう言われているようだった。

ああ、本当に…善逸さんはいないんだ。

今まで騙し騙し酷使していた心は、ぽっかりと大きな穴をあけてしまった。


ただ、それとは別で少しだけ安心したことがある。

私が居なくなった後、
善逸さんが誰かと幸せになれたという事。

それだけが、ずっと心残りだった。

あの人を支えてくれた人が、いた。
その事実が私を少しだけ安心させてくれた。



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