05. 前途多難


「アンタ、学校にめっちゃ遅れて行ったんだって!?」

学校でも怒られ、家でも怒られ。
やっと家に帰ってきたら先に帰宅していた姉ちゃんに開口一番、玄関で怒鳴られた。
仁王立ちし、背後に黒いオーラを纏っている姉ちゃんはさながら暗黒大魔王だ。
いや、まあ、ね。
寝坊した俺が悪いよ?それは分かるよ?でもね、でもね、寝坊だけじゃないんだよ。

「人助けをしてたら遅れただけなんだって」
「何その使い古された寝坊の言い訳」
「ホントだってば!! 可愛い女の子とお茶したんだって!!」

いや、それはちょっと盛ったかもしれない。
正確にはコンビニのベンチでジュースを飲んだ、が正しい。
姉ちゃんの眉が吊り上がり、更に声が大きくなる。
やべ、めっちゃ怒ってるじゃん。

「そんなウソ誰が信じるの!?」
「う、嘘だと思われてるゥー!! 俺が女の子とお茶したの嘘だと思われてるゥゥー!!」
「当たり前でしょ」

はあ、とクソデカため息を零す姉ちゃん。
きっと嘘つきの弟を憐れんでいるんだ、ムカつくなぁ。
そんな姉ちゃんを無視して俺は靴を脱ぎ、階段を駆け上がる。
あ、そうだ。

「姉ちゃん、今度一年に転入生が来るの、知ってる?」
「転入生?…あぁ、そういえば、カナタが言ってたっけ」

階段下の姉ちゃんに尋ねてみると姉ちゃんは知ってたみたいだった。
首を傾げて俺を見る姉ちゃん。

「炭彦のクラスに入るんだって。でも、何でアンタがそんな事知ってるの?」
「だって、今日その子と会ったから」
「…マジで女の子とお茶したの?」
「ずっとそう言ってるだろ!!」

未だに信用していなかった姉ちゃんを余所に、俺は残りの階段をゆっくりと上がった。
二階にある自室へ入るとベッドの枕元には、今日寝坊した一因であるひいじいちゃんの本が投げ出されていた。
俺はポンとその辺にカバンを置いて、本を手に取った。
どこまで読んだっけ。

パラパラと古い紙をめくっていく。
所々汚くなって読めない所があるけれど、馬鹿な俺でも読めるくらいの優しい文章だ。
ベッドにそのまま横になり、昨晩しおりを挟んだ箇所を開いた。

「あぁ、そうだ。育手の師匠の所でお世話になるところだった」

ひいじいちゃんは育手の師匠にお世話になるまで、それはもう大変な人生を送っていたらしい。
そもそも孤児だから家族はいない。それに街で見つけた可愛い女の子と結婚の約束をしたら、まんまと騙されて
怖い人に連れて行かれそうになったところで、育手といわれる師匠に出会ったんだ。
女に騙されて作った借金を全て師匠が払ってくれたみたいで、難を逃れたとか。

…俺が言うのもなんだけど、もしかしてひいじいちゃんは女好きだったんじゃなかろうか。

自分と血のつながった親戚たちを想像してみると、皆一様に女好きである。
抗えない性っていうのは存在するらしい。

まあ、いいや。
んでどうしたっけ。
師匠に借金を肩代わりしてもらったから、代わりに弟子になったんだっけ。

パラ、と1P捲って読み進める。

師匠の屋敷で暮らす事になったひいじいちゃん。
屋敷には自分の他にも何人も弟子がいて、女中さんもいた。

「女中の女の子が可愛い…」

文章の中に散りばめられた、やたらと女中さんを褒める言葉。
ほら、やっぱり女好きだったんじゃん。
女の子に騙されたのに、性懲りもなく女の子の事しか書いてないじゃん。
ひいじいちゃんだけど、何だか悲しくなるよ。

えーっと…その内の藤乃さん、だっけ、可愛いお姉さん。
んで、もう一人が…

紙を持つ手がピタりと止まる。
あれ、この名前。

寝転んだ態勢からガバっと起き上がり、明るい所でよく文字を読む。


「苗字、名前」


昼間に会った女の子の名前もそんな名前だったような。
まあ、偶々だろうけどさ。

脳裏に今日の昼間に助けた女の子を思い浮かべた。
俺を見て泣きそう…ってか、泣いた子。
その後少し喋ったけど、どこかよそよそしかったんだよな。
様子がだいぶおかしかったし。

「そう言えばタメなのに、何で一年に転入するんだろ」

事情がありそうだから、深くは聞けなかったけどさ。
炭彦と同じクラスになるのか。だったら、また会えるかもしれない。
そしてあわよくば仲良くなりたい。
だってあの娘、めっちゃいい匂いするんだもん。
それに儚げに笑った所とかめちゃ可愛かった。
はー…お近づきになりたい。

また布団の上に寝そべり、ゴロゴロと転がる俺。
自分でも今、顔が緩みまくっている事は良く分かっている。

「それに、夢のあの娘にそっくりなんだよねー…」

今日見た夢。
俺が女の子と微笑ましく過ごす夢。
でも、夢の中みたいな笑みはしてなかったな。
あの娘もそんな風に笑うんだろうか。

「名前、ちゃん」

ぽつりとあの娘の名前を呟く。
部屋に誰もいないからそんな事が出来る訳だけど(姉ちゃんに聞かれたら、ガチで蔑まれたような眼で睨まれる)
どこか懐かしさを含んだ名前。
もしかして、これって運命…!?

「はぁ、また会いたいなぁ」

あの娘の笑った顔が見たい。

ゆっくり瞼を閉じてみる。
このまま寝たら、また名前ちゃんに似た女の子の夢をみるのだろうか。
そうだとしたら嬉しいな。

「ふふ、ふふふ…」

思わず零れてしまった笑い声。
自分でも若干気持ち悪く感じた。


―――――――――――――――


また会いたい、と願ってはいた。
まさかこんなに早く叶うとは思っていなかったけど。


「…お、おはようございます」


校門の横で今度は俺と同じ制服を着た、女の子。
表情は笑ってはいるけれど、口元が引くついているように見えた。
真っ新な制服は彼女によく似合っていた。

前会った時は髪を下ろしていたけど、今日はハーフアップにしている。
留めているバレッタは黄色いお花のモチーフだ。
うん、可愛い。

「おはよう、名前ちゃん」

初めて挨拶を交わしたのに、何故か懐かしい気持ちになるのは何でだろう。
やっぱり俺達運命なのかな?
運命の赤い糸ってやつ!?




「……先輩、何で付いてくるんですか」
「職員室の場所教えてあげようとおもってぇ〜」
「結構です、自分で探します」

まだまだ前途多難なようだ。



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