06. 胃の痛み、頭痛のタネ


初登校は散々だった。
もう顔も見たくないと思っていたあの先輩と、何故かまた校門でばったり顔を合わすし、さっさと別れようと思ったらこれまた何故か後ろをついてくる。
職員室まで案内してくれるというけれど、別にこちらはそんなこと望んではいないし、何だったら1人にして欲しい。
とはいえ、一応この前親切にしてくれたから無碍には出来なくてなんとも歯がゆい。

「名前ちゃんと同じクラスに俺の友達がいるんだぁ〜」
「そうなんですか、へー」
「竈門炭彦っていうんだけど、きっとすぐ友達になれるよ」
「……」

ぺたぺたと後ろについて歩く先輩はまた、とんでもない爆弾を投下した。
…もう勘弁して欲しい。
この前やっととんでもない真実に気づいたというのに、そうホイホイと次から次へ、私の頭痛の種を増やさないで。
まだこちらだって燻っているんだから。

ちらっと振り返ると、気色悪い笑顔でこちらを見る我妻先輩と目が合った。
チクチク痛む胸は仕様だ。

「先輩はとても親切なんですね。もうすぐホームルームが始まってしまいますので、ここで結構ですよ」

ニコニコと前回同様、気持ちの籠ってない笑顔を見せると先輩の表情がぱあっとさらに明るくなった。
それでも「で、でも〜…」とまだついてこようとする。
背後に回り、無理やり先輩の背中を押して「ほらほら!」とせっつくと、そこでやっと「じゃあ…」と名残惜しそうな顔で私の前から消えた。

安心してはいけない。
まだ突き当たりの角から頭だけ出してこちらを見ている。
気づかないフリをしてもいいけど、いつまでもついてきそうだ。
表情は変えないで、可愛らしく右手で手を振った。

角からやっと黒髪の頭が消えて、私はほっと胸を撫で下ろした。

なんて鬱陶し…じゃない、しつこい…じゃない、えーっと…鬱陶しい。
善逸さんもあんな感じだったっけ?
拍車が掛かっている気がしなくもない。

「別人なのに…」

近寄らないでほしいと思っているのに、なんで寄ってくるんだろう。
…私の中途半端な態度の所為か。
嫌われるための行動なんてした事なかったけど、それも視野に入れないとダメか。

先輩の言う竈門炭彦という子も、きっとあの人の子孫だろう。
こんな珍しい苗字がポンポンその辺に居てもらっても困る。

「本当に困ったな…」

誰も居なくなった廊下で独り、片手で頭を抱えた。

炭彦だとかいうクラスメイトも、善照とかいう先輩も付き合いたくない。
友達どころか知り合いでも勘弁。

だって、まるで私の大好きな人達が、上書きされてしまうような気がするんだもの。
同一人物じゃない事なんてわかっているけれど、同じ声で、同じ顔で隣に居られたら、いつ「善逸さん」と呼んでしまうか分からない。
それは現代を生きる彼らにとっても失礼な事だ。

私の中の彼らは、彼らでしかないのだ。


「…迎えに来てよ」

天井を仰ぎポツリと呟いた。
私だけ、こんな所に置いてかないで。
迎えに来て欲しい。
…そんなの無理だとわかっているけれど。


ーーーーーーーーーーー

「苗字さん? 俺、竈門炭彦っていうんだ。よろしくね」

先輩から聞いていた通り。
竈門炭彦という男の子は存在した。
私の隣の席に。

学年を下げられた事をこんなすぐに後悔するとは思わなかった。
…いや、下げられなかったら先輩と同じクラスになっていたかもしれない。
そちらの方が精神的ダメージが大きい。

愛想の良さそうな笑顔で挨拶をしてくれた竈門くん。
彼は炭治郎さんと瓜二つだった。
額の痣がないだけで。

「我妻先輩から聞いてるよ、初めまして竈門くん」

炭治郎さんのお顔にタメ口で話すのは少し抵抗がある。
とは言え、彼は同級生だから敬語のほうがおかしい。
諦めて慣れるしかない。


ホームルームで私の紹介があった後、私の席は1番後ろの角だと教えられた。
そこに腰を下ろすと、隣の席はまだ空席だった。
休みだろうかと、ふと窓の外に目をやると、とんでもないスピードで校門に向かって走る影が2つ見えた。
その後ろにはパトカーも見える。

2つの影はとうの昔に閉まっている校門をひらりと乗り越え、難なく校内へ侵入。
思わず瞼を数回ぱちぱちと瞬きしてしまった。
パトカーを振り切って登校するなんて、なんてダイナミックな登校風景だろう。

2つの影がひょこひょこと仲良く並んで校舎内へ入る前。
その横顔がちらりと見えて、私は息を飲んだ。

炭治郎、さん。

炭治郎さんと同じ顔の男の子。
そしてその隣にいるのは幾分幼く見えるけれど、紛れもない炎柱の煉獄さんだった。

…なんてこった。
この学校はどうなってるんだ、みんなこぞってここに集結しなくてもいいだろうに。
その内伊之助さんに似た人も出てくるんだろうか、恐ろしい。
バクバクと高鳴る心臓を制服の上から押さえ、深く深呼吸した。

そしてその数分後、教室のドアを大きな声と共に開けて入場してきたのが、竈門くんだ。
彼はてくてくと私の隣にカバンを置き、私を見つめて首を傾げた。

特徴的な耳飾りはしていないけれど、彼は竈門炭治郎さんの子孫だろう。

私は胃が痛くなってきたのを感じながら、また平気で嘘の笑みを浮かべたのだった。



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