07. 好きな色


「炭彦、名前ちゃんと話しした?」
「名前ちゃん?」

いつものメンツでお昼ご飯を食べるため、俺は屋上へやってきた。
最近は肌寒くなってきたので、もう屋上で食べるのもあと数回と言った所だろう。
俺が到着した時には既に姉ちゃんやカナタ、それから炭彦が来ていて自分たちのお昼を広げている最中だった。
いつものように菓子パンの袋を開けようとしていた炭彦に、話しかけたら一瞬ぽかんとした顔で首を傾げる。

「ほら、転入生の!」
「あぁ、苗字さんね〜。ちょっとだけ話したよ」
「何て言ってた?」
「え…んー…『我妻先輩から聞いてるよ』って言われたかな」

視線を上の方にやりながら、思い出すように零した炭彦に俺は満足しながら、にんまりとした笑顔を見せた。
それを横目で見ていた姉ちゃんが、蔑んだ目で見つめる。

「あんた、まさか…女の子に付きまとってるんじゃないでしょうね?」
「ち、違うし! 仲良いだけだし!!」
「どうだろう。善照くんならあり得るけど」

姉ちゃん言葉に続いてうんうんと頷くカナタ。
お前ら…リア充のくせにリア充になろうとしている奴を見下すのか。
グググ、と呪いの籠った視線を二人に送るが、姉ちゃんの殺気だった視線により一蹴されてしまう。

「それにしても、何で苗字さんのこと、知ってるの?」
「ん〜? ちょっとねぇ〜」

炭彦がさっきとは反対側に首を傾げて、俺に問う。
ふっふっふ、それは言えないな。だって俺達は運命の相手。出会うべくして出会ったんだから。
俺の笑顔で何か察してくれたらしい炭彦は「そっかぁ」と興味なさげに返事をする。

「何で名前ちゃんをここに連れて来ないんだよ、炭彦」

それはそうと同じクラスだというのに、何故名前ちゃんを連れて来てくれないのか。
俺は炭彦に対して不満を述べる。
炭彦の眉が八の字に下がって「えぇ〜?」と小さく声を漏らしたけれど、俺は許さない。

「さっきお前のクラス行ったら既に名前ちゃんが居なかったから、てっきりお前が連れてきてるのかと思ったのに!」
「…アンタ、やっぱり女の子に付きまとってるんじゃないの。キモ」

俺の言葉に即座に姉ちゃんが反応する。
目が吊り上がっているのを見て、俺は慌てて弁明した。

「違うから!違うんだって。だって名前ちゃん、俺に可愛い笑顔で『ありがとうございざいます』って言ってくれるから、嫌がってないし!」

名前ちゃんは俺に笑顔で対応してくれる。
ただ、本音を言うともっと違う笑顔が見たいというか。
他の笑顔を知っているだけに、そんな顔を見たいって思ってしまって、どうしたら笑ってくれるのかなとは思うけど。
夢のあの娘みたいに。

脳裏に思い浮かべる夢の女の子。
まるで花が咲いたような笑顔に心癒される。
名前ちゃんが俺に見せる笑顔も可愛いけれど、俺はアレが見たいな。

「アンタの妄想じゃないの…」
「ホントだってば!! だったら、明日絶対連れてくるから!! だから、炭彦も協力してよ!!」
「えっ、俺も?」
「当たり前だろ、お前のクラスなんだから!」

相変わらず蔑んだ目を止めない姉ちゃんに、俺は唾を唾しつつ反論する。
そして隣でパンを頬張る炭彦に「な!」と声を掛けると、自分に火の粉が飛んでこないと思っていた炭彦が驚きの声を上げた。
お前も道連れだよ!!

「まぁ、誘ってはみるけどねぇ〜」

んー…と何か考え込むように炭彦が言う。
何だ、何か問題があるのかよ。

「多分、苗字さんは嫌がるんじゃないかな?」
「何でそう思うんだよ!! 喜ぶに決まってるだろ、俺がいるんだから!」
「アンタのその自信はどっから沸いてくるのよ」

はあ、とため息を吐いて姉ちゃんが呆れる。
いや、ホントだから! これ、マジだから!
ギャンギャン吠える俺を余所に、炭彦がぽつりと呟いた言葉は俺の耳には入ってこなかった。


「近寄って欲しくなさそうだったけど、ね」


―――――――――――――


放課後。
帰宅しようと下駄箱で靴を履き替えていた時。
俺の前に靴を履き替え、ドアから出ようとしている女の子を発見した。
それを見て慌てて靴を履き、女の子の背後にそっと近づく。

「名前ちゃん?」

見覚えある背中に話しかけると、その体がビクリと揺れ、そしてゆっくり振り返る。

「奇遇ですね、先輩」

朝と同じ笑顔で微笑む名前ちゃん。
風で綺麗な髪がさらりと揺れている姿を見て、俺は天使か女神が目の前に降臨されたのだと思った。
可愛いんだよなちくしょう。

「帰り?一緒に帰ろうよ〜」
「…えっと…寄る所があるので、」
「俺もついてくよ、どこ?」
「……」

そう言うと心なしか名前ちゃんの笑顔が一瞬曇った気がした。
だけどすぐに元に戻ったから、気のせいだったかもしれない。
名前ちゃんが自分の髪につけているバレッタに手を伸ばし「…途中までですよ?」と困ったように笑った。
俺は嬉しくなって「ありがとう!」と言ったら、ふいっとすぐに視線を逸らされてしまった。
ん? なんだ?

とことこと歩き始めた名前ちゃんの横に並ぶ俺。
こうしてみると彼氏彼女に見えたりしないかなと邪な思考が脳を独占していた。
ふわっと香るいい匂いに、俺はもうメロメロだった。

「名前ちゃんの家ってこの辺なの?」
「この辺かもしれないですね」
「だったら、朝も俺と一緒に行かない?迎えに行くよ〜」
「いえ、結構です。一人で登校します」

笑顔を崩さずに遠慮をする名前ちゃん。
つれない反応に思わず唇を尖らせた。
一緒に登校したかったんだけどなぁ。

ふと視線を名前ちゃんのカバンに下ろした。
肩から掛けられたスクールバッグに黄色いマスコットと、黄色のチャームが付けられている。
そう言えば髪のバレッタも黄色だな。
カバンと髪と交互に見ていたら、名前ちゃんが不思議そうな顔をした。

「どうされました?」
「あ、いや…黄色好きなのかなって思って。ほら、髪もカバンもそうでしょ?」

俺がそう言って笑うと、笑顔だった名前ちゃんの表情が一瞬真顔に変貌した。


「…えぇ。好きなんです、この色」


さっきまでの笑顔が消えて、一瞬で暗い顔に変わった。
好きだという割にはあまり嬉しくなさそうな反応に、俺は内心焦った。
えっ?えっ?
俺、なんか嫌なこと聞いた?

その後は何の会話をしたか覚えていない。
適当な大通りで別れるまで、何か話していた筈だけど、さっきの名前ちゃんの顔が頭から離れない。
俺と会ったら笑ってくれる名前ちゃんが、一瞬で暗い顔になった。
まるで初めて会った時のような。

家について、いつも通り自室へと駆け込む。
今日一日、気になる女の子と一杯お話ししたはずなのに、何故か胸がモヤモヤする。
ジャケットをその辺に脱ぎ捨てて、ベッドに転がる俺。
枕に顔を埋めて名前ちゃんの顔を思い浮かべた。

「そう言えば、最初に会った時、誰に間違われたんだっけ」

俺の顔を見て名前ちゃんは誰かの名前を言っていた。
すぐに人違いだと気付いたけれど、その時と似た表情だった。
そんなに似てるのかな、俺とその人。

「誰だっけ、忘れた。今度聞いてみよう」

むにゅっと再度枕に顔を押し付け、足をバタバタとベットの上でのたうち回る。
考えれば考えるほど頭から離れない。
夜は夜で夢を見るし、昼は名前ちゃんのことで頭が一杯だ。

もぞもぞと手を伸ばし、顔の横に置いてたひいじいちゃんの本を広げる。
同じ名前の女の子が出てきてたよな、そう言えば。
昨日の続きを開いて視線を文字に走らせていく。

修業中に起きた落雷事故により、ひいじいちゃんが瀕死になった。
その時、助けてくれたのが女中の女の子。
生死を彷徨ったひいじいちゃんが目を覚ました時には、隣で世話をしてくれていたんだって。

「落雷で髪の色が金髪になったんだ、ひいじいちゃん」

フィクションだと思うけどさ。
そんな人間いるはずないし。
大正時代に金髪の人なんて、ほとんど外国人しか存在してないんじゃないの?
きっと悪目立ちしただろうね。本当に金髪になったとしたら。

でも、この女中の子はその髪をみて「似合ってる」って言ったんだって。
それが嬉しかった、って書いてある。

「何だか、ひいじいちゃんの恋愛を垣間見てるような気がする」

読んでるこっちまでこっぱずかしくなるような。


『…えぇ。好きなんです、この色』


何故だかさっきの名前ちゃんの声が過った。
…好きなのに、なんでそんなに辛そうなんだよ。

ボトリと本を顔の上に載せ、俺は瞼を閉じた。



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