【36】抱きしめあいたい



「遊‼」
「姉上!姉上!!」
「何でこんな事になったんや…トキもどこかに消えおって…!」


トキは遊を守ると誓えるかと問いかけてきたかと思えば、あいつは急に横たわる遊に斬魄刀を刺しよった。
何してんねんって怒鳴って駆け寄るとあいつは光って消えて、刺さったはずの斬魄刀も床に転がっとった。

遊は血は流しとらへんものの、先ほどまで意識があったはずやのに、今は静かに目を瞑っとる。
呼吸はしとる。それもさっきの息苦しそうなものやなくて、穏やかで静かな呼吸やった。
それだけがここに残された三人を安堵させてくれている。
やけど、遊は誰の呼びかけにも反応してくれへんかった。


「一先ず、私たちは一度屋敷へ戻ろう。」
「しかし、兄上‼」
「お前の件もあるし、ここにいた所で何か出来るわけでもない。遊の事は時鳥がきっとどうにかしてくれるだろう。平子殿、ここは一旦お任せしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ええで。遊のことは任せとき。」
「京楽隊長へ私が一報いれましょう。それまでお願いします。」
「…。」


二人きりで静まり返る部屋で俺は恐る恐る遊の手を握った。

やっと握ることが出来た。
この手を握るのに100年もの時間がかかってしもうたな、遊。
お前を残して長い間一人にした。
お前を守るために会いに来てくれたお前を突き放した。
なのに、お前は俺たちを助けるために自分を犠牲にして、記憶も失って…。何しとんねん…。

この前はお前がすぐ目の前におるのに、触れることすらできへんかった。
やっとこうして近くで触れられると思えば、お前はこうして意識もなく横たわっとる。
あの時俺が素直になっとけばよかったんやろうか。


「今度は俺をひとりにするんか…遊…‼」
「…」
「遊…っ」
「…」
「…っ…」
「……泣いてる、んですか?」
「⁉」
「真子さんの手、温かい…」
「遊…‼」


俺の手を握り返して小さくそう言う遊を強く抱きしめた。
俺の胸の中で真子さんの匂いがするなんて言いながら微笑む遊の目からは涙がポロポロとこぼれ落ちて羽織を濡らした。
俺はアホかと言いながら遊の存在を確認するかのように背中やら頭やら肩やらを撫で回した。


「ちょっと痛いよ、真子さん」
「もう、離さへん。もうどこにも行くなや。」
「それは、こっちの、セリフだよ…真子さん」
「待った…遊、お前思い出したんか…?」
「うん…時鳥が記憶を返してくれたの…」
「そうか…そうか…」


俺を真子さんと呼ぶ遊に、やっと100年振りに自分の愛する人にちゃんと会うことができたのかと思うと胸が熱くなった。
泣かないでと俺の涙を拭う遊の涙も一向に引く様子がない。俺はもう一度遊を胸に閉じ込めるようにきつく抱きしめた。
遊もそれに応えるかのように俺の背中に手を回し力強く抱きしめ返してくれた。
遊が死んだと思うとった俺と、俺のことなんか忘れてしもうたと思うとった遊はお互いの目の前にいて、抱きしめ合う事で空白の100年を埋め合った。



―もっともっと、もっと。

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