【5】 感謝申し上げます



松本副隊長が遊のために悩んでくれていた。ありがたい事だ。
あいつらといた十数年を塗り替えられないと仰っていたが、私は塗り替える必要は無いと思っている。
そもそも遊にとって、松本副隊長の存在は大きくなっている。それに彼女は気づいていないのか。
そんな彼女を見て昔の遊を思い出した。


真夜中、ひとりで声を殺しながら涙を流す遊に気づいて背中をさすった。ビクッと肩を震わせると遊はゆっくりと振り向き、いつの間に来てたのかと聞いてきた。


「私が気づかぬはずがないだろう。誰だと思っているのだ。」
「…トキ。」
「そうだ。私はいつもそばにいる。」
「…もう50年経つのに、私はまだみんなの事を忘れられない!思い出を消し去って、今の仲間たちの思い出で埋めていきたいのに…!」


よく言うよ。本当はあいつらを忘れてしまうことの方が怖いくせに。
だけど、忘れられなくて泣くくらい今一緒にいる仲間のことを大切に思っている証拠だ。
遊は前に進もうとしてる。私はそれを応援するだけだ。


「消さなくていいんじゃないか。」
「え…?」
「消す必要は無いだろ。あいつらがいなくなった事は悲しい出来事だったけど、悲しい事ばかりじゃなかった。嬉しい事も楽しかった事もあっただろ。」
「うん…」
「なら、消し去るのではなくて、増やせばいい。思い出の引き出しの中に嬉しい事や楽しい事は残しておけばいい。」


いいのかな、とまた泣く遊を抱きしめると、ありがとうと抱き締め返してくれた。そんな彼女はもうしっかりと前を向いている。
あいつらの思い出を胸にしまって、いろんな感情に飲まれながら、仲間に支えられながら踏ん張っている。
絶望することなんて、誰しも一度や二度あると思う。だけど、人は立ち直れる。立ち直る時間は人それぞれ違うだけだ。100年経とうが200年経とうが、遊がいる限り、私はずっとそばにいると誓ったのだ。



「松本副隊長。」
「なに?」
「別に塗り替える必要はないと思います。」
「遊の中で、あいつらの思い出も副隊長達との思い出も共存しています。遊にとってどちらが一番大切とかはないのです。どちらも大切なのですよ。」
「トキ…。」
「だから、いつも通りでいいですよ。」


私の言葉を聞いた松本副隊長はじーっとこちらを見つめている。


「そうよね。ありがとう!トキ!あんた良い奴ね!」


それでは失礼しますと告げて背中を向ければ、よーし!じゃ飲み会でも開こうかしら、なんて聞こえてきた。あ、これは巻き込まれて参加させられるではないか、違う方法を勧めようと振り向けば、時すでに遅し。副隊長の姿はどこにもなかった。


―お前の代わりに私が礼を言おう。

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