【31】最後に残るのは
「卍解、使ったんだね」
「時鳥…ごめん、使っちゃった…」
「…遊が決めたことなら別にかまわない。」
降り注ぐ勿忘草の中にいた私の目の前に時鳥が姿を現した。初めての卍解で少しぼんやりする。
「この花はお前の記憶だ。」
「記憶…」
「香りをかいだら記憶が見えただろう?」
確かにさっきみんなとの思い出が見えた。
この勿忘草が私の記憶…
「そして、お前の持つそれが私に払う代価だ。」
「…わかってる」
「目が覚めた時には彼奴との記憶は消えている。もう何の恐怖にも苦しむことは無い。」
時鳥は知っている。
私が一番怖いのが何なのかを…。
"忘れること"
記憶は薄れていくものだし、忘れていくものだと思う。
でも、この記憶は私の存在理由だった。私そのものだった…
「これを払えば、みんなの事助けられるんだよね…?」
「そうだ。」
「…分かった。」
「それでは、花をこちらに向けて。」
持っていた青い勿忘草を一度だけ胸に抱きしめた。
嫌だ…嫌だ、嫌だ!忘れなくなんかない…!
やっと会えたのに…忘れてしまったら、どうやってあなたに会いに行けばいいの…?
またあなたと恋がしたい…
涙が止まらないまま、時鳥の前に勿忘草を差し出すと、くちばしを花の中心に近ずけて蜜の様に花から記憶を吸い上げていくのが分かった。
私の中の記憶がどんどんモヤがかかり始めていくのがわかって涙が溢れていく…
この瞬間が地獄のようだと思った。
意識の中にみんなを大切に思う気持ちはあるのに、思い出せないこの感覚…みんなって…どんな顔してたのかも思い出せない…
「終わった。今は辛いだろうが、目覚めたらなんてことは無い。その花は遊が持っていなさい。」
「花が…白くなった…」
「私が記憶を喰らうと青から白に変わる。」
「そう……じゃあ、この花はカレに届けて欲しい。もう、名前も思い出せないのだけれど…私が愛していたカレに…」
「…分かった。その願いは叶えよう。さあ、少し眠りなさい。」
「ありが、と…う…」
私を忘れないで欲しいと思うのは自分勝手だろうか…
さようなら、愛してる。
薄れゆく意識の中、もはや何も思い出せない中で最後に思えたのは愛の言葉だけだった。
―忘れないで欲しいという願いだけ。
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