【4】もともと私なんか



「あら、遊さん。よく帰って来れたわね。厚顔無恥も甚だしいわ。」
「申し訳ございません…お義母様…」
「やめて、あなたにそんな風には呼ばれる筋合いはないわ。」


100年振りに踏み入れた時園の家は相変わらず大きく威厳に満ちている。
まだ体調が良くないため、トキが門の所まで付き添ってくれたけど、ここから先は自分で行けると言ってトキには下がっててもらった。
そして、今はこうして玄関先でお義母様に歓迎されている。


「母上、その辺にしてください。遊は体調が万全では無いのですから。」
「架絃!」
「お久しぶりです、お兄様。この度はお心遣い、感謝いたします。」
「そんな堅苦しい挨拶は良い。さあ、上がりなさい。私が部屋へ案内しよう。」
「架絃!私の許しもなく勝手に決めるなんて!聞いてるの⁉」


お義母様が呼んでいるのも無視して、お兄様は荷物を私から取り上げると家の奥へと進んでいってしまった。
お義母様を無視する訳にもいかず、深くお辞儀をして家に上がらせてもらった。お義母様はあなたの事許していませんからと背中を向けて自室のある方へと行ってしまった。


「ここだ。」
「ここは…」
「遊が昔使ってたままにしてある。」
「あの、お兄様…」
「何も言うな。遊が帰ってきて私は嬉しいんだ。…母の事も気にしなくて良い。お前はまずは体調を治すことだけ考えなさい。」
「はい…ありがとうございます。」


布団に入るように言われたので大人しく従うことにした。

亜麻色の着流しに鶯色の羽織には見覚えがあった。
まだこの屋敷に住んでいた頃、一緒に訪れた呉服店で私がお兄様の為に選んだ着物だ。
お兄様が今日私が来るのを楽しみにしてくれていたのかと思うと私も嬉しくなった。

この家での思い出は良い事ばかりではなかったけど、お兄様と出会えたことは私にとっては幸せな事だった。


「明日、起きたらお前のその症状について話そう。今日はゆっくりするといい。あとで昼食を持ってこさせよう。」
「ありがとうございます…」


私は睡魔に身を委ねて眠った。そして、懐かしき日の夢を見た。


―招かれざる者なんだから。
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