【5】あの頃からずっと



まだ幼かった頃、母と二人で過ごす事が多かった。
父がいた事もあったけど、そんなに多くはなかったと思う。母が亡った頃に父がいた記憶はない。

父が私の前に現れたのは母が亡くなって数年経った頃だった。


「遊…」
「…おとう、さま?」
「迎えに来るのが遅くなってすまない…」


父との思い出が曖昧な頃、私たちは母の友人の実家に身を寄せていた。路頭に迷いそうだった所を母の友人が手を差し伸べてくれて、そのご両親は何も聞かずに私たちを受け入れてくれた。孫が出来たみたいだと本当の家族のように接してくれた。


あやめが亡くなったって最近知って、遊を探していたのだ…。」
「お父様っ…」
「これからは私と一緒に住もう。」


泣きじゃくる私を父は強く抱き締めてくれた。
過ごした時間が少なかったとはいえ、私は父が大好きだった。

父の手をぎゅっと握って、お世話になったおじい様とおばあ様に大きく手を振った。


「遊ちゃん、ここは遊ちゃんのお家だよ。いつでも戻ってきてもいいからね。」
「うん!」
「時園殿、その小さな手だけは離しませぬよう、頼みましたぞ。」
「はい。深く感謝申し上げます。」


思い返せば、父と二人で歩くのは初めてだった。時園の屋敷に向かう間、父は時園家の事について私に話していたと思う。随分昔のことでその辺は曖昧だ。
ただ、時園家の門を初めて見た時は、怖くて入るのを少し拒んだ事だけは覚えてる。


「大丈夫だよ、遊。さぁ、私が抱っこしてあげよう。そうすれば安心できるかな?」
「うん…」
「父上!おかえりなさい!」
「架絃、ただいま。この子が遊だよ。遊、さっき話していた私の息子だ。」
「僕は架絃かいと!父上から君の話は聞いていたよ!これからは僕が遊のお兄ちゃんだ。よろしくね!」


差し出された手は不思議と怖くなくて、私はお兄様の手を握った。それは暖かくて優しい温もりだった。
お兄様はあの頃から変わらない。


―いつでも味方でいてくれた。

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