【8】知らない絶望を



あれから一ヶ月ほどが経ち、お兄様のおかげで私の体調はほぼ完治していた。
これまでの間、隊長が見舞いに来てくださったり、乱ちゃん達が手紙を送ってくれたりして寂しくなることはなかった。
そろそろ復帰して恩返ししたいところである。


「お兄様、もう復帰しても大丈夫ですか?」
「遊は仕事熱心なのだな。確かに体調も良いみたいだし、少し手合わせでもしようか。」
「お兄様と手合わせ…久しぶりですね。」
「手加減してくれよ?」
「お兄様こそ。」


仕事に戻る為の体力を戻す為に、お兄様が稽古を申し出てくれた。もちろん、稽古と言っても竹刀などではなくお互いの斬魄刀を使用しての稽古。
久々に交わる刃は心地よい金属音がした。お互いの斬魄刀が久々の再会に喜んでいるようにも感じる。
それは私とお兄様も同じような気がした。

私たちの斬魄刀「時鳥」の話をしましょう。
時を操る能力を持つ"ホトトギス"とその能力を制御することの出来る"トキツドリ"
この二本の斬魄刀を時園家が代々受け継いできた。

これはお父様に聞いた話だったけど、元々は"ホトトギス"の一本のみしか存在しなかったそうだ。
その昔、時鳥を使って時間を操作し世界の均衡を崩そうとした者が現れた。当時の当主がなんとか食い止め、二度と同じことが起きないようにと時鳥の能力を制御するため、"ホトトギス"の羽根から一本の斬魄刀を創り出した。
それが"トキツドリ"。

二本の斬魄刀は兄弟で受け継いでいくことが多く、"トキツドリ"が創られてから時園家では不思議なことに二人しか子供に恵まれなくなったと言う。


「相変わらずだな、遊。太刀筋は悪くない…が、優しすぎる。」
「申し訳ございません…」
「いや…それが遊らしい。その優しさがあるから、君が選ばれたのだと思う。」
「弱いだけです…」
「自分が弱いと簡単に認められるものではない。遊は自分の弱さを知っていから他人に寄り添うことが出来るのだと私は思う。」
「お兄様…」
「遊の周りにはいつも人がいるな。副隊長だった事も納得がいく。」
「それは、先輩が…」


先輩って…私は一体誰のことを言っているんだろう…?

そうだ、私は100年前副隊長だった。だけど、何かが原因で京楽隊長に拾っていただいたんだ…。
でも、その"何か"を思い出すことが出来ずにいる…。


「副隊長ですら、時園家の人間としては足りないというのに、それすらもまともに出来ないなんて‼この恥さらしっ‼」
「母上‼おやめ下さい‼」
「……」
「何か言ったらどうなの?」
「絃乃もやめろ!」
「八番隊の第五席だなんて、随分落ちぶれたものね。」
「やはりあなたは時園家には相応しくないわ!勘当よ!出ていって!!」


100年前、私はこうして時園の家から勘当された。
勘当された事自体はそこまでじゃなかった。でも、副隊長を辞めざるを得なくなってしまった原因で私が絶望していたことだけは何となく覚えてる。


「遊?」
「すみません、少し考え込んでしまいました。」
「久しぶりの手合わせで疲れさせてしまったな。今日はもう休みなさい。」
「はい、ありがとうございました。」
「おやすみ、遊」


―このまま思い出せなくていいのだろうか。

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