【10】夢じゃないのなら



昨日は久々に部屋にも戻らんで隊舎で朝迎えてしもうた。
ふと遊を思い出して、隊首室に飾っとる勿忘草を眺めとったらそのまま眠っとったらしい。
ガチガチに固まってしもうた体を伸びをしてほぐした。


「おはようさん。」


遊の白い花に挨拶をする。
昔の俺は花に挨拶なんかする日が来ることを想像できたやろか。現世でひよ里と少女漫画を馬鹿にしたことがあった。あいつに知られたら確実に笑われるやろな。
あかん、腹立ってきたわ。

ひよ里には笑われるかもしれへんけど、俺にとってこの小さな花が遊なんやないかって思ってしまう。


「あれ、隊長おはようございます。」
「おー、おはようさん。」
「お泊まりになったんですか?」
「いや、気付かへんうちに眠っとったみたいやねん。」
「お疲れですね…。あ、今日はお休みされますか?」
「あほ、この位平気や。それともなんや、俺がおったら困るんか?」


ニヤリとそう聞けば、そういう意味じゃないですと桃は慌てて弁解してきた。
桃は真面目やからあんまりいじめてやるなと冬獅郎が言うとったな。


「冗談や。心配してくれたんやろ?おおきにな。」
「…はい。」


顔でも洗ってくるかと言うと、桃は珈琲淹れますねと言うてくれた。やけど、心なしか桃に元気がないような気がする。気のせいやろか。

桃の淹れてくれた珈琲でカフェインをとる。珈琲は俺が現世から持ってきたやつや。
開いた窓の外は快晴。部屋に入ってくるそよ風のせいで勿忘草が揺れる。勿忘草の花からはいつも花の香りみたいに遊の霊圧が漂う。
なんや、今日は一段と遊の霊圧がするやんけ。風のせいか…?


「何かありましたか?」
「んー?なんや風が吹いとるせいか、今日はやけに遊の霊圧が強く感じんねん。」
「…!」


そういう俺に桃は驚いとった。いや、驚いていると言うよりは焦りの方が見える。
と思いきや、辛そうに下を向いた。


「桃、どうしたんや。なんかあったんか?」
「…その…私、今日は平子隊長には秘密にするように言われてたんですけど…」
「…なんや?」
「他の隊長方もいずれは平子隊長達にもお話するつもりだったと思います。…でも、私、耐えられません…」
「だから、なんやねんて…怒らへんから言うてみい。」
「今日、遊さんが復帰されたんです…。だから、遊さんの霊圧を強く感じてらっしゃるのは、遊さんが瀞霊廷にいらっしゃるからなんです…‼」
「‼?」


泣きながらそう話してくれた桃を置き去りに隊舎を飛び出した。最低な隊長やな、ホンマにすまんな、桃。
でも、もうそんな事を考えておられん程、俺は遊に会いたかった。
なんでみんなが俺にこの事を黙っとったかなんて、この時の俺は考えられへんかった。

夢中で愛しい霊圧に向かって走った。
書類を腕に抱えて歩く彼女は昔とさほど変わらない。けど、より綺麗に見えるんは俺が遊を好きだからやろか。
会えた喜びと同時に不安も込み上げてきた。

なんですぐ会いに来てくれなかったんや…?

でも、気づいたらもう腕を掴んどった。


「遊!!!」
「ぇ、なに…⁉」


驚いた表情から心配そうに俺を見る遊に、本当に目の前におるんやと実感した。
俺は大丈夫かと伸びてきた遊の手を握った。


―もうお前のことは離さへん。

prev next
back