17

 弾丸のような雨が全身に打ち付けていた。ずぶ濡れの雨具を掻き分け、顔を乱暴に拭って視界を確保する。いつも訓練で使用しているはずの生い茂った森の中がまるで違う場所のようだ。木の間から差し込む微かな光を頼りに班長であるマルコの背中を見失わないよう、必死にガスをふかしていた。
 夜間特殊訓練が実施されると伝えられたのは前日の夜だった。三年目の最後に希望者のみで行われる雪山訓練がある。それに向けた過酷な状況下での判断力と実践力を鍛える一貫らしい。そろそろ実施されるのではないかと、身構えていた中での実施だった。全員で身構えていたタイミングだったのは良かった。想定外だったのは、実施日にローゼ南方で記録的な豪雨があたり一体に降り注いだことだ。もちろん、訓練は中止されず、夜になっても雨音が止むこともなかった。

「後列は右の二体を対処してくれ!」
「了解!」

 マルコの指示が飛び、後列を担当しているエレンと顔を見合わせる。あたしたちはマルコの采配によって前列の取り逃しを担当していた。本来であれば、前線を駆け抜けて班を扇動する役割が多いエレンだけど、視界が悪い雨の中ではそう引っ張っていくのも難しい。班長であるマルコが戦況を確認しやすいのを優先して、班は横長に広がっている。
 夜の森で不気味に佇んでいる模型の全貌が見えてきた。即刻頸を狙える位置にいるが、あたしは実践を想定した訓練を意識的に行っている。実践なんて考えずに行動している人と別れていて、そんなの人の前で巨人模型の足を狙うと顔を曇らせたりする。エレンはあたしと同じタイプなので、自分の意思に沿った行動ができるのが楽だ。マルコもそれがわかって、エレンと組ませてくれたんだろう。遠心力を使って体を滑り込ませ、足の筋肉をブレードで削ぎ落とす。すぐさま離脱すれば、エレンが頸をとらえていた。模型の一部が地面に転がって小さくなっていく、無事戻ってきたエレンに雨具の下で拳を作って見せる。

「見ないうちに上達したね」
「オレも負けてらんねぇよ」

 班長として後列の動きを確認していたらしい、マルコが横に並んできて言った。隣のエレンも称賛してくれる。雨具で表情が分からずとも、その声色には関心の色が滲んでいて、つい調子が良くなってしまう。優秀だと言えなくても、訓練兵団入団時と比べたら雲泥の差に違いないということはあたしも自覚していた。討伐で手間取っていたのが、今は斬撃の浅さに気を配れるまでになっている。対巨人の立体機動は仲間との信頼関係が重要だとわかったので、それのお陰かもしれないけれど。

「まあね!二人の足は引っ張らないよ」

 額に張り付いている前髪を手で掻き上げて、豪雨や風を切る音に負けないくらい声を張り上げる。油断するな、とでも言うように吹き飛ばされて巻き上がった葉っぱが顔にくっついた。水分を含んで額に張り付いている葉をどうにかひっぺがして新鮮な空気を吸い込む。視界が確保できた状態だったから無事だったが、気の緩みが最悪の事態を招きかねない。勢いがついたままで木に激突でもしたら、文字通りぺちゃんこだ。

「風も弱くないからちゃんと前を見ておいた方がいいね」
「うん……気を付ける」

 葉っぱ相手に格闘していた様子を見ていたマルコに軽く注意されてしまい、気恥ずかしさを覚えながら心に刻む。そうだ、いくら調子が良くとも普段とは違う環境での訓練だ。いつも以上に気を引き締めなければ。

「二人とも前列の取りこぼしを引き続き頼む!」
「おう!」
「任せて!」

 マルコの背が速度を上げて離れていく。前方、左右それぞれに斬撃された様子のない背の低い模型が確認できた。ブレードを持つ手に力を込め、接敵までの数秒でエレンと算段を立てる。大きい模型は軒並み討伐されているが、視認性が悪いこの状況で小さい模型だけが多く残されているようだ。二人で丁寧に討伐している暇はない。

「エレン、それぞれ一人で!」

 巨人の模型が目前に迫ってきている中で、エレンに向かって作戦を叫ぶ。彼が大きく頷いたのを確認してから、あたしは左手の密集地帯に舵を切った。班での立体機動はリズムが大切だ。一人でも遅れてしまうと、目標地点まで辿り着くのが遅くなってしまう。目標地点に向かいつつ、寄り道をする形で模型を攻撃できると理想的だ。最初に補足していた模型の頸が満足に削げた手応えを抱えたまま、二体目の頸を狙ったけれど、軌道修正ができずにブレードの切先だけで削った。もう一度、攻撃できる時間はさそうだ。意識を切り替えて、中でも小さい模型の頸目掛けてアンカーを刺した。低い位置での立体機動は慣れていないが、やるしかない。地面と平行に体を滑らせてブレードを構える。

「え」

 加速しようと、トリガーを引いたのに手応えがない。フシューッと入団したばかりの時によく聞いた音が、雨音の中でもやけに大きく聞こえた。反射的にアンカーを外す。土の匂いが全身を包んだかと思えば、鈍い音を立てながらぬかるんだ地面に転がった。

「はあ、はあ……」

 アニから背負い投げやらを受けていたのが助かった。刺すような痛みならまだしも、殴打する痛みには嬉しくないけれど慣れ切っている。水分やらで気怠い体を起こし、地面に手をついた。口に入った砂利や泥を地面へ吐き出しながら、雨に顔を晒す。冷たい雨が頬を打ち、泥を洗い流していく間に、何が起こったのか理解し始めていた。腰に装備したガスボンベを人差し指と親指で試しに鳴らしてみる。からん、と心許ない音がした。入団直後のあたしは無駄にガスをふかしていたけれど、ジャンの助言もあってか。今はそれを問題視することはほとんどなくなっていた。立体機動装置を使った後に自分で必ず整備やメンテナンスをしなければならず、あたしはガスの補充も確実にしていたはず。それに加えて、体感で現在地は中盤から終盤だ。余程、ガスを無駄に消費していなければ無くならない。マルコもいたんだ。あたしがガスをふかしすぎていたら気づく。つまり、誰かが意図的にガスの量を抜いていた。そんなことができるのは、闇討ちを仕掛けてくる教官くらいだ。

「どうしよう……」

 ミーナに続けてあたしが標的にされるとは考えていなかった。いや、地面との距離が近くてほとんど落下せずに無傷だということをひとまずは喜んでおこう。ひとしきり喜んだら、振り続ける雨と夜の森からどう抜け出すか考えなければならない。ガスがないので、マルコたちに合流はまず無理だ。一通り泥が流れ落ちていったら、ブレードの刃を収めて立ち上がる。雨具を着ていたが、地面に突撃して何回転がったせいで下の服までぐっしょりと嫌な感覚がしていた。

「ノエル!」
「え、エレン?!」

 空耳かと思ったけれど、目の前に降り立つエレンの姿で否定される。立体機動装置を使って地面に降り立ったエレンは、悪人ずらで凶悪だと話題な顔を歪ませて、肩を揺さぶってきた。

「無事か!?」
「う、うん。地面と近いところで切れて、受け身がとれたから……」

 雨具の中をひらりと見せて、怪我がないことを確認してやっとエレンは手を離した。思いがけない登場には違いないのだが、どうしてエレンがこんなところにいるのだろう。効率よく討伐するために、あたしたちは左右で分かれたはずだ。あたしが尋ねるよりも先にエレンが説明してくれた。

「お前が戻ってこねぇからおかしいと思ったんだ。来てよかった」

 納得するあたしをよそに、エレンがあたしの腰に目を向けた。自分でしたのと同じようにからん、と音を鳴らして見せれば、エレンは目を丸くする。この短時間で、まさかガスを切らすとは思わないだろう。
 
「まさか、ガス切れか?」
「うん、流石のあたしでもこんなに早く消費するとは思えないから……たぶん、細工されてた」

 あたしが下手すぎてガスを消費してしまったんじゃないか、と思われる前に見解を述べる。エレンもあたしが闇討ちを受けたことを察したらしく複雑そうな表情をしてポツリと言った。

「こないだのミーナといい……運がいいんだか悪いんだかわかんねぇな」
「あはは……」

 ミーナの件から、かなり時間が経っているとは言いつつも。あたしの記憶には強く刻まれている。エレンもそれは同じようだった。まだ無傷だからいいものの、二回も闇討ちの現場にいるなんて。教官に目をつけられていたのが依然として残っているんだろうか。あたしは乾いた笑みを漏らして、深く考えないようにするだけで誠意一杯だった。
 
「……エレン、なにしてるの?」

 こうして離している間にも、雨は強さを増している。風の波に乗って翻る雨具を手で押さると、エレンが手を腕いっぱいに広げたまま、あたしを見つめた。不思議な格好に首を傾げながら、あたしが聞けばエレンは力強く言った。
 
「ほら、運んでやるから来い」

 エレンの言葉と行動が合致して、疑問は消え失せたけれど、あたしには到底飲み込める話ではない。首を横に振ったあたしの腕をエレンが引っ張る。意外に力が強くて、足がよろけてしまった。
 
「ガス切れならオレが目標まで運ぶしかねぇだろ」
「だ、駄目だよ!ただでさえ視界が悪いのに」

 雨は激しさを増していて、突風が吹き始めていた。さっきまで立体機動装置を使っていたからわかる。夜の、それも雨が振ってる状態で人を運ぶのは厳しい。運ぶ際に邪魔になる雨具を置いてくにしたって、危険度は変わらないだろう。

「だからって土砂降りの中、助けが来るまで待つのか?」

 エレンの言葉も間違っていない。雨具があるとは言え、すでに中身まで染みてしまっている。嫌な湿り気はだんだんと体を冷えさせて、体温を奪っていく。あたしも土砂降りの中、助けが来るまで待ちたくないけれど、エレンを危険に晒したくない。あたしがそう考えていても、あたしの手首を力強く握られたままだ。エレンの意思は変えられそうにない。

「オレはお前を置いてかねぇ」
「う、じゃあ……あ!!あそこで雨宿りしてからいこう」

 どうしたものか、と視線を泳がせていた矢先。崖の半分から下をゴッソリ丸く削り取ったような形の穴が視界に入った。真夜中に立体起動させられて夜目が効いてきていたのが功を成したのだ。中は一層暗くなっているので、どうなっいるか分からないけれど、二人で濡れ鼠になるよりマシだろう。

「この土砂降りもすぐに通り過ぎるはずだから、視界が少しでも良くなったら運んでもらうよ」
「分かった。そっちのがいい」

 できれば、運んでもらうより先に誰か来てくれないかな、という希望も込めて提案すれば、エレンはとりあえず納得してくれたようだ。そうと決まったら、二人で洞窟まで一直線。予想通り、洞窟は人が入れるくらいの大きさで奥からは水が滴る音が響いていた。

「中も濡れてんだろ。とりあえず、オレのもやるよ」
「エレンは?」

 入って早々、エレンは羽織っていた雨具を脱いであたしに手渡した。これで暖を取れということなんだろうが、ジャケットのみになったエレンは寒そうで見ていられない。

「オレはどこも濡れてねぇからな」
「ありがたくもらうね」
「ああ」

 エレンに指摘された通りだった。雨宿りできていることで、逆に濡れた部分が目についてしまい、洞窟の奥から流れてくる冷気も相まって震え始めていたのだ。エレンの雨具をありがたく受け取り、自分の雨具の上から二重に被せる。首元まで上げれば、風はほとんど感じなくなった。

「お前さ、ほんと立体機動が上手くなったよな」

 ざあざあと降り注ぐ雨音でいつの日かの書庫を思い起こしていたら、立体機動装置の確認をしながらエレンが言った。努力を誉められるのを何度でも嬉しいものだ。自然と口角が上がるのを感じながら、自慢げに答える。

「でしょ、自主練の成果かなあ」
「その調子で、自信持ってけよ」
「そうする」

 エレンとは自主練仲間の一人だ。特に立体起動術はあたしの苦手分野なので、森で一緒に自主練することも多かった。だからこそ、さっきまでの連携ができていたのだ。スタートラインでは肩を並べていたのに、適正判断の時よりも差がつけられてしまっているのには目を瞑っている。
 
「ミカサって……昔から強かったの?」

 自主練でエレンと会う時は、ほぼ必ずと言っていいくらいにミカサが並んでいた。アルミンもいたり、いなかったりで。いない時は書庫にいることが多いので、自主練後に寄ってわからないところを相談させてもらったりする。ミカサとあたしは普通に話すけれど、ミカサ自身あまり口数が多くないのでその過去についてはよく知らない。圧倒的な強さの象徴であるミカサは昔からそうだったのだろうか、とお手本のような立体機動を脳裏に思い返しながら、本人の前では聞きずらいことをエレンに尋ねてみた。

「そうだ。近所のいじめっ子もオレじゃなくてミカサを見て逃げてた」
「想像できるなぁ……それ」

 あたしがいじめっ子側になったとして、エレンかミカサのどちらに追われるのが怖いか。答えは一択だ。エレンには悪いけれど。想像して相槌をうっていると、エレンの表情が次第に険しくなる。

「オレももっと力をつけて、巨人をぶっ殺さねぇと」

 ミカサのような超人を友人に持つと、思い悩むことが多そうだ。ミカサの世話焼きをエレンが拒んでいるのには、何か思うとことがあっての行動なんだろうか。

「オレたちでリヴァイ兵士長くらい、強くなってやろうぜ」
「リヴァイ?」

 憎悪を滲ませていたのを一転して、エレンは軽くあたしの肩を叩いた。人の名前だろうか。聞き慣れない単語に浮かない顔をしていると、エレンが訝しげに眉を寄せる。

「知らないのか?一人で一個旅団並みの戦力だって言われてる人類最強だよ」
「あ、ああ!聞いたことあるかも」

 調査兵団についての知識はあまり知らない。あの子が何やら一方的に話しているのは聞いていたけれど、殆ど聞き流していた。基本的な活動内容を覚えておけばいいか、と考えていたのが迂闊だった。調査兵団志望なのにそんな重要人物の名前を知らないなんて。あたしの態度を怪しんでいるエレンに愛想笑いをして誤魔化す。

「調査兵団志望してんのに、あんま詳しくないんだな」
「あはは……決心したのが壁が破壊されてからだったからね」

 乾いた笑いを漏らしながら取り繕おうと、エレンはそこまで踏み込んでこなかった。ほっと安堵しつつ、冷や汗を隠すように洞窟から顔を出す。バケツをひっくり返したような雨はまだ続いていた。収まれと合掌して祈りつつ、再び乾いた地面で膝を抱える。そろそろあったまってきたから、エレンに雨具を返そうとしたものの突き返されてしまった。広げていても意味がないので、雨具を体に巻きつける。

「ノエルは調査兵団を志望しているように見えねぇよな」
「面目ない……」
「いや、攻めてるわけじゃねえよ」

 肩をすくめたあたしにエレンがフォローを入れてくれる。調査兵団を志望していると口では言っていても、所属するのはあと何年か先の話だ。実感が湧かずに、だらだら過ごしているのがよくないのはわかった。卒業後は今みたいに壁外でエレンと野営を共にすることもあるんだろうか。

「なあ、なんで調査兵団に入ろうと思ったんだ?」
「……みんなを助けたいからかな」

 あたしは壁内でのうのうと暮らすのは許されてない。調査兵団に入団し、できるだけ多くの人を救うのがあたしの生きる道標だ。できないとか、できるとかの問題じゃない。あたしがそう望んでいるから、やらなければならない。

「調査兵団はこの世界を変えていく力があるしね」

 調査兵団はなくてはならない存在だと思う。壁内で閉じこもっていれば、人類は衰退していくだけだ。事実、壁内では飢餓が続いていて、あたしたちは荒地を開拓させられていた。苗を一つ育てるのに、何十人が世話してやらないといけないような荒地だ。超大型巨人がいつ、再び出現するかわからないまま、震えて待つだけなんて。現状を変えられるのは調査兵団しかいないだろう。

「エレンは?」
「オレは、巨人をぶっ殺さなきゃなんねえと思ったからだ」
「なんか、エレンらしいね」

 真っ直ぐで分かりやすい理由が、悪い意味でもなんでもなく、エレンによく似合っている。胸の内に秘めた想いは違えど、調査兵団志望の友人がいるのはありがたい。卒業後、エレンはその望みを果たせているのだろうか。あたしは、あたしを演じきれているだろうか。溢した問いは雨音に掻き消されてしまって、答えられることもないけれど。
 二人で空から降り注ぐ雨を漠然と見つめて、何分経っただろう。エレンが痺れを切らして立ち上がる。雨はさっきよりか静まってきているけれど、大して変わらない。ジャケットの裾を掴んで引き留めれば、不満そうなエレンの表情が見えた。
 
「まだ厳しいよ!」
「じゃあ、どうすんだよ!いつまでもここにいたって……」
「エレン!」

 轟音にも掻き消されないような呼び声がした。立体機動装置が風を切る音が聞こえたかと思えば、雨具の下から艶やかな黒髪を覗かせたミカサが地面に足をつけて降り立つ。あたしが突然の登場に驚く暇もなく、ミカサはエレンに向かって行った。エレンがジャケット姿なのを目に入れると、自身の雨具を脱いでエレンに被せようとしている。

「エレン、風邪を引いてしまう」
「ちょ、無理矢理着せようとすんな!自分で着れる」

 見慣れたやり取りが繰り広げられていると、立体機動装置のアンカーと共に複数の人影が着地した。エレンがミカサに雨具を押し付けられている横を通って、洞窟の外にでる。ミカサに続いて、思わぬ救援があった。手を振って駆け寄ったあたしの肩が引き寄せられ、傷がないか確認するかのように手のひらをとられる。

「ったく、なんで悪運ばっかり引き寄せてんだ」
「それ、エレンにも言われた」

 助けに来てくれた内の一人、ライナーにため息をつかれてあたしは頭を掻いた。隣にいるベルトルトが洞窟からエレンを連れて出てきたミカサに目を向けながら口を開く。

「僕たちがミカサに着いてきて良かったよ……」
「ああ、着いてくるのが大変だったがな」

 どうやってこの場所がわかったのか、と不思議だったけれど、マルコから順路を聞いたミカサがここら一体を飛び回ってくれたんだろう。ミカサにはエレンの場所を本能的に感じ取れる、と言われても正直納得できる気がする。

「その。あたし、ガス切れだから運んでもらわないと……」

 三人が来てくれてから、雨がようやく切れ目を見せ始めた。運がいいんだか悪いんだか。エレンは自力で飛べるとしても、どうしたってあたしは誰かのお世話にならなきゃいけない。不甲斐ない自分に歯痒さを感じながら、恐る恐る二人を見上げた。

「俺が」
「ベルトルト、お願いしてもいい?」
「え、あ。うん、いいけど……」

 引き受けつつも語尾を濁したベルトルトはしきりにライナーを気にしている。よくなかっただろうか。ベルトルトは立体機動術もそつなくこなしているし、背が高いから、あたしを抱えてもそこまで邪魔にならないだろうと思ったのだけど。ライナーは微妙な顔をしたまま、あたしを見てきてちょっと怖い。

「ライナー?」
「ノエル。そっとしておいてあげてくれ……」

 ライナーの顔を覗き込もうとしたら、ベルトルトに嗜められてしまう。その後、あたしはベルトルトに運ばれて無事に目的地まで辿り着けたのだが、ライナーの表情がなんだったのかはわからなかった。