他の誰でもない。私たちの攻撃によって地獄に落とされた人々の間で、地獄を作った張本人が被害者面を貼り付けて歩いていた。人混みに紛れ、壁内に侵入できたのはいいものの。大殺戮に加担した体は、愚かにも疲労を訴えていた。避難民の嘆き声が反響して、頭を直接ゆさぶる。顔を上げる気力はなかった。

 成さなければならないことは何があろうと成さなければならない。

 説教臭い言葉を馬鹿みたいに思い浮かべて、現実を正当化する。その言葉が、今だけは言い訳のようにしか聞こえない。
 もう疲れた。何も、何も考えたくない。辺りに漂う鉄の匂いも子を探す親の叫び声も、全て退けて眠ってしまいたい。早く避難所にでも紛れて、この体を休めたいだけ。小さな広場を見つけ、壁に全体重を預ける。周りには小汚い見た目の子供が膝抱えて、呆然と何かをつぶやいていた。しばらくはここにいて、避難所が開かれたら移動しよう。壁内の様子がわからないので、集合場所は決めらなかったのだ。
 薔薇の紋章を背負った集団が荷馬車から箱を下ろして、食糧の配給を始めた。その前にはたちまち人間が列を成し、ひしめき合うようにして食糧を奪い合っている。荷台から下ろされていた食糧がこの人数を養えるとは到底思えなかった。ふと、場違いにも腹がかすかに飢餓感を訴えてくる。マルセルが喰われ、荷物は全部置いてきてしまった。忘れていた飢えが喉まで競り上がってくる。明日にでも、あの列に紛れて配給を受けなければ。軽くお腹をさすり、俯いていると視界の端に痛々しい足首が映り込んだ。
 顔をあげたら、近づいてきた人間を突き飛ばすつもりだった。頭に靴跡のあざを残して血を流し、無理やりあげた口角からは血が流れていた。同じ人間とは思えないほどギラギラした獣のような瞳が呼吸を荒くして、私を見ている。何かあれば、息の根を止めるつもりで口を開く。混乱した状況下で、身寄りのない子供同士が殺し合っても気にかける人間はいない。

「なに」
「あ、あなたは。わた……あたしはノエル。あなたは」
「気持ち悪い。近寄らないで」

 私は近づいてくる女の手を叩き落とした。女の手から小さいパンのかけらが落ちる。女は地面のパンを呆然と見つめると、不気味に笑った。引き攣った笑顔は元の顔もわからないほど血に濡れて、額が腫れ上がって、不細工で。

「ごめんね。わたしじゃこんなのしか、貰えなくて」

 微笑んだまま女は私の手に小さい粘土みたいなパン屑を握らせる。今度は叩き落とせなかった。謝る意味が、理解できなかった。女は怪我を負っていて、閉じられない口から涎がこぼれ落ちていた。

「あんたが……食べたいんじゃ、ないの」
「あ、れ。あ……あははっ。は、恥ずかしい」

 啜り泣く音や怒号が反響しているこの場所で、女の乾いた笑い声は妙に響いた。開いた口の涎を女は拭ったが、今度は血が滴り落ちていく。

「お腹空いてるんでしょ?ほら、落としちゃったから砂っぽいけど」

 女が砂埃のついたパンをはたきながら、差し出してくる。もう一度、地面に落とすのは簡単だ。重力に従って落ちたパンを靴で踏みつけてやればいい。唇を噛み締めた末に、私は。

「……ほら」
「いいの?だって……あなたは」

 パンの半分を女に押し付けた。大人の目が怖かった、だとか。目をつけられてしまうかもしれなかった、だとか。面倒だった、とか。言い訳はいくらでもできた。
 ただ、私は。故郷、平穏、日常。全てを奪った元凶に、食べ物すら与える馬鹿を哀れんだ。

「ここは?」
「ウォール・ローゼの中だ」

 周りを見回していると、隣で寝ている女の姿が目に入る。顔から首にかけ隠れていたが、すぐにあの女だと分かった。女は私の手を握って離さない。傷だらけの癖に、どこからそんな力が出ているのか見当もつかなかった。

「アニ、こいつはなんだ。お前を見つけた時にはもう、隣に……」
「アニが、やったの?」

 信じられないと言った顔で二人が私を覗き込む。確かに私は人にもみくちゃにされながら、道端で布を巻いた。女は見るに耐えない顔で笑って感謝を述べた。傷跡を塞いでやると言って、清潔とは言い難い布で巻いただけで。大量の悪魔を殺した後に、お前は悪魔を助けるのかと。二人が言いたいことは言われなくても伝わってきた。

「なんで連れてきたの」
「そ、そいつがお前を離さなくて……俺たちに、ずっと謝っていたから」

 女は謝り続けていたらしい。壁を破壊され、故郷を蹂躙された被害者が何を謝ることがあるのだろうか。よりによって壁を破壊した張本人たちに。規則正しく胸が上下しているが、手は固く握りしめられたまま。女は自分が窮地に立たされていることも知らず、呑気に寝ていた。口をほんの少しだけ、動かして。

「ごめんなさ…い……ごめ…ん……」

 私たちには謝り続ける姿が目に焼きついて離れなかった。悪夢の元凶とは知らず、愚かにも一人で許しを乞う姿が愛おしい。身を焦がすような罪悪感が、薄れていく。私が子供の手をゆっくり手に取って、優しく握ると震えていた子供の体から汗が引いていく。子供が僅かに目を開いて、潤んだ瞳から涙をこぼれ落とした。変な顔で微笑み、言うのだ。ありがとう、と。
 私たちは錯覚してしまった。私たちは誰かの神さまになれる。哀れな存在に慈悲を与え、罪から目を逸らす道を選んだ。

「この女は利用できる」

 能天気で、超のつくお人好しバカ。私が抱いている女──ノエル・ジンジャーの印象は最初から何も変わっていない。目を覚ましたノエルに私たちは故郷から追われた身だと嘘をついた。疑いの目を一切持たずに彼女は信じ、身寄りのないノエルへ一緒に行こうと手を差し伸べたら、馬鹿みたいに尻尾を振ってついてきた。感謝をされて戸惑っているライナーの顔が、善人を気取っていて腹が立ったのを覚えてる。
 島の悪魔は。ノエルは何も知らない子供だった。壁内の一般的な常識は開拓地で馴染むのに役立ったが、目的についての情報は何も持っていなかった。壁内で呑気に暮らしていたのに、私たちのせいでどん底に落ちた。ただの子供だ。
 巨人の力とは縁もゆかりもない場所で育てられた平凡な娘だと私たちはすぐに分かった。開拓地では常に飢えや病気が充満していて、何人も死者が出た。その中に女の子供が紛れていても誰も気に留めない。ノエルはあちこち傷だらけで、どこからか感染症を拾ってきて死んでもおかしくなかった。だけど。私たちは使えなくなった道具を捨てなかった。それどころか、ノエルの傷が治るように努めた。毎日、甲斐甲斐しく世話を焼いてやったのだ。清潔な布もなく、お世辞にも完璧とは言い難い処置だ。そんな自己満足にノエルは何度もお礼を言った。頭を下げて、笑って、出会った時と同じ言葉を投げかけてくれた。

「い、痛ッ」
「平気か?ゆっくりでいいぞ、ノエル」

 真っ先にノエルを排除しようとしていた奴が、今や一番の世話焼きだ。すぐに飛んで行ったライナーの背中を睨むと、眉を下げたノエルが見える。足の傷が完全に治っていないせいで動かす度に痛むらしい、と彼女に無理矢理聞き出した。そうでもしないとノエルは何も話さない。普段はお喋りで、私たちの力になろうと空回りしてる癖に。彼女は自分の事となると口を閉ざす。

「あ、アニ……わ、わたし。おじさんにロープを、あげたの……欲しいから用意してくれないか、って」

 開拓地で男が首を括った日。死体を前にして、私は肩を叩かれた。ノエルは魂の抜けた体を凝視して、独り言のように呟いていた。男は勝手に自殺しただけ。なんで涙を流す必要があるのか。関係ないあんたが罪悪感を感じて動揺しているのか。理解できない。

「わ、わたし。またやった……助けられなかった」

「ごめんなさい」謝罪の言葉がノエルの口から滑り落ちるより先にその場を離れた。絶望した大人を子供一人がどうやって救えたと言うのだろう。私には中身なく、片っ端から罪を背負っているように見えた。

「ごめん、ごめんなさい……」
「……君のせいじゃないよ。ノエル」
「ほら、これで涙を拭け。落ち着くんだ」

 背後から偽善者たちの安らぎの言葉が聞こえる。ノエルはいつも二人に許されると安定するようだった。遠くで聞こえる荒い息が小さくなっていく。

「早く戻るぞ、凍え死んじまう」

 薄っぺらい善意の言葉で哀れな存在を許す。あの時間が私たちは、特にライナーは大好きだ。壁内人類の平穏を奪った私たちが、ノエルの前でだけは善人でいられる。三人から距離を取るように歩を早めた。苛々する。なにより、ノエルを哀れな存在に仕立て上げた自分たちが。
 早く殺せばよかった。へらへらした顔がどんな風に笑顔へ変わるのか。掠れ声じゃない、本当の声。私たちのために徹夜して、少ない食材で弁当を振る舞おうとする頭の悪さ。
 知らなければ、殺せたのに。こんな、お人好しの馬鹿が私たちなんかに利用されずに済んだのに。ずるずると選択の時期を引き伸ばし、私たちはノエルを殺せないままで訓練兵になった。
 
 このお人好しは訓練兵になると伝えたら、一つ返事で私たちを追ってきた。元々入るつもりだったとか馬鹿なことを抜かしていたが、一体何を目的にしてるのやら。結局聞き出せはしなかったが、見慣れた阿呆ヅラをまだ拝める。ほっとした気持ちには気づかないふりをした。

「この手で、全人類を救うためです!」

 通過儀礼の最中、あたしからはノエルの表情がよく見えた。鈍臭い彼女が敬礼をちゃんとこなせるか監視してやろうと目をやって。ほんの一瞬だけ、耳を疑った。人類、ではなく、全人類と彼女は叫んだ。私たちも含めて救ってくれるのだろうか。少し考えて、馬鹿らしくなった。馬鹿な夢を正直に答えたノエルは教官に怒鳴られている。意図なんて何もないのに、一瞬でも縋ろうとした自分が馬鹿らしく思えた。
 
 通過儀礼を終え、食事になる。窓側の席に座っていたノエルが外を眺めていた。外にいるのは一人しかいない。大抵予想がついて、パンに手をつけずにいるノエルの口にパンを突っ込んだ。

「んぐぐっ!ち、窒息しちゃ……」
「あんたのパン、カビ臭いから交換してあげる。私があげたのをまさか他人にあげたりしないよね」
「うう、でもぉ……」

 モゴモゴと口を動かし続けているノエルにパンをさらに押し込む。苦しげな顔になったノエルは、机を叩いて降参を訴えた。

「っぷはぁ!パンで窒息死なんて洒落にならないよ……」
「あんたにはお似合いでしょ」
「アニが冷たい」

 涙目になりながら、文句を言ってくる彼女はようやく諦めたようだった。窓の外を気にしながら両手でパンを食べはじめるのを見て、ノエルから顔を逸らす。昔は謝ってばかりで人の顔色を伺っていたのに。今じゃすっかり生意気になった。

「――だから、見たことあるって」

 食堂の真ん中に集まった人だかりが何やら騒いでいる。肘をついて、無意識にそちらへ目をやった。様子見でもしていたのか、同じように目を向けているライナーがいる。私の視線を目で追ったのか、ノエルは嬉しげな声を上げた。

「あ!ライナーは何見て…」
「普通の巨人は?」

 集団の中から聞こえた声が耳に飛び込んできた途端、ノエルの言葉が止まった。あの日に何があったのか。私は知らない。聞こうとも思わなかったし、言わなかったからだ。分かるのは、あの日の出来事がノエルにとって文字通り地獄だったと言うことくらい。唇を真っ青にしたノエルは手を止め、輪の中心にいる男をじっと見つめている。

「あの子……見たことがある。あの日、同じ船にいた」

 私の視線に気がつくと、ノエルは言った。気持ち悪いくらいに目を輝かせた例の男は、落としたスプーンを拾い上げてスープをかき込みはじめる。

「知り合い?」
「ううん。覚えてないみたい」

 ノエルはほっとした表情で食事の残りを食べはじめた。私はノエルの過去を知らない。不必要な情報だから、詮索もしなかった。なのに、胸がじくりと痛む。
 唇を開いて言おうとした言葉は空気に溶けた。

 訓練兵としての一日目を終えて、割り当てられた宿舎の部屋に帰ってくる。入り口付近では別の部屋の女子も集まって、自己紹介をしていた。当然、混じる気はなかったけれど、あることが気に掛かった。普段なら飛び込んでいるはずなのに、ノエルはベッドの淵で膝を抱えている。脳裏に過ぎるのは、通過儀礼で叫んでいた大層な夢だ。即席で用意した言葉にしても、馬鹿が過ぎる言葉だった。真意を問おうとしていると、言い聞かせるようにノエルがつぶやいた。

「みんな、助ける」

 声を聞いて、反射的に手を上げていた。集まっていた集団の視線が突き刺さるけれど、関係ない。ノエルの瞳になにか、悍ましいものが這い上がっているように見える。何度も見てきた、生を諦めた表情をノエルの中に見つけた気がして、恐ろしかった。

「目は覚めた?……鈍臭いアンタには無理に決まってる。身の程を弁えな」
「…は、はは!愛の鞭だ……そうするよ」
 
 ノエルが頷いても違和感は完全に払拭されなかった。ぼーっと空を見始めたノエルを置いて外に出る。ノエルは昔から、宙を仰ぐことがあった。空虚な瞳で別人みたいな横顔になるその時間が、大嫌いだ。
 ノエルの頬を叩いた手を眺める。こんなことなら、もっと昔に殺すか、無視して仕舞えばよかったのに。そうすれば、ノエルから感じる死臭に怯える必要もなかったのに。

「そういえば、ノエルはどんな様子だった?」

 星空の見える屋外で、私たちは報告会を行なっていた。初日ということもあり、早めに切り上げるつもりだ。と言い出したのはライナーなのに、初っ端の質問内容がこれだ。
 帰って寝たくなりつつ、食堂での出来事を思い返すと、また胸が疼いた。意味もなく手のひらを眺める。誰が、あの子をあんな表情にさせたのだろう。少し考えて、やめた。ノエルの幸せを奪った私が何を言っているんだか。

「別に。教官に怒鳴られたからくよくよしてただけ」
「そうか。アイツは鈍臭いから、お前と同室で助かった。俺も安心して眠れる」

 私の報告を聞いて、ライナーが満足そうに頷いた。何が安心だ。これまでの報告会で散々、ノエルは悪魔の末裔なんだ、と釘を刺してきた癖に。大きく舌打ちをする。隣のベルトルトは口を閉じているが、諦めたような顔を浮かべていた。

「まさか、ノエルがあんなことを考えてたとはな。正直に言っちまうのが相変わらずだが……」

 無理しないように俺が見てやらないと、ライナーは私たちの視線に気づかず、茶番を続けている。呆れて声も出なかった。ライナーの一人劇場が淡々と続く。今回も報告会が意味もなく終わりそうなところで、ベルトルトが独り言のようにつぶやいた。

「ノエルは全人類って、言ってた……」

 人類じゃない、縋るような言葉が聞こえて僅かに目を見開く。あの日の被害者に許されたら、自分の罪が少しでも軽くなるような気がしていた。ノエルに許されたら、なおさらで。どんなに虫のいい話で、ノエルにとって、卑劣な行為だと分かっていても。あの一言に希望を見出してしまうのは、共通らしかった。

「時々、思うんだ。ノエルなら、全部話しても許してくれるんじゃないかって、そしたら……」

 真っ向から否定できなかった。頭の片隅で考えたこともないと、言い切れない。私は結局、ライナーと同じ卑怯者に違いなかった。

「何言ってんだ、ベルトルト。奴等は悪魔だろ?」

 前言撤回、ライナーは私よりも下衆な卑怯者だ。先程と一転してベルトルトを見つめたライナーは乾いた笑いを漏らす。あっちでは至極当然な事実なのに、この男に言われるのは腹立たしかった。

「悪魔に赦しを乞うのか?元はと言えば、島の悪魔共がいるから――」
「帰る」

 言っている言葉は信じられないくらいに正しかった。ただ、普段からあの子の兄貴面をして聞いてもいない心配をペラペラ話しているお前が言うのか。水を頭からかけられたような気分だ。馬鹿馬鹿しくて付き合ってられない。くるりと体の向きを変えて、兵舎に向かう。引き止める人間はいなかった。

 女子寮の廊下は静まり返っていた。当たり前だ。初日から夜間の外出禁止をする人間が多いとは思えない。ライナーの言葉が頭の中で浮かんでは消えた。文句も言わないで流されたままのベルトルトにも腹が立つ。気配を殺して月明かりが照らす廊下を歩いた。割り当てられた部屋の前まで来ると、ゆっくりと扉を開ける。
 部屋は真っ暗になっていた。複数の規則正しい呼吸音が聞こえてくる。自分のベッドに目線を向けて、驚いた。かくんかくんと首で船を漕いでいるノエルが膝を抱えて、ベッドの前で座っていたのだ。

「…んん。アニ?おかえり」

 落ちる影に気がついたのか、膝から顔をあげて目を擦ったノエルは緩やかに微笑んだ。私からの反応がないと、取り繕おうように慌てだす。

「たっ、たまたま眠くなくて待ってただけだから!」

 ノエルが弁解するように両手を振りながら小声で声を上げる。先程までの自分を忘れたのだろうか。無言の私を恐る恐ると言ったように見上げているノエルの顔は間抜けだった。
 今日はもう疲れた。馬鹿なことをするなと言っている所だが、そうしようとは思えない。膝を抱えたままのノエルを置いてベッドに寝転ぼうとする。
 服を何かに引かれた。つんのめった感覚に眉を顰めて原因を見る。服の端を指先で摘んだノエルは眉を下げて、言いにくそうに喋り出した。

「なんか緊張しちゃって……今日だけでいいから一緒に寝てくれたり、しない?」

 お願いにしてはあまりにも幼稚だったが、ノエルの手は小刻みに揺れている。答える必要も義理もないお願いだ。恩を売ったって期待できない。
 答えずにベッドで横になる。服を掴んだ手首はそのままに。

「ありがとう」

 暖かいノエルの体が擦り寄って、囁く。それが合図かのように瞼が重くなる。いつか殺すかもしれない温もりに包まれて、目を閉じた。

 翌朝。二人で寝ていた私たちは先に起きた同室の人間に目撃された。寝起きで関係性を根掘り葉掘り聞かれ、最終的に恋仲まで疑われて誤解を解くのに時間がかかった。やっと解放された私は朝から疲労感を抱えて、食堂に向かう。追いついてきたノエルの顔が満更でもなさそうだったので脇腹を突いた。
 脇を抑えて入ってきたノエルにライナーが駆け寄ってくる。

「遅かったな」

 昨日とは一転、兵士の皮を被って出てきた男の顔を見て反吐が出るかと思った。朝からの質問責めの恨みも込めて足を踏みつけた。踏んだ足からグキ、と小気味いい音が鳴る。

「えっ!?アニ?」

 痛みに悶絶している男を置いて席に向かう。ノエルは痛がるライナーに足が止まったものの、私に続いて隣に座った。その姿を見て、虫の居所が良くなるのを感じる。

「…なんか、アニに恨み買ってたっけ?」
「いいや、何も」
「そ、そっかあ…」

 戸惑いが隠せていないノエルは不安げな顔でライナーを見ている。それを避けるように目を伏せた。