◇ vendange 参


「なァ、なんで煙草なんて購ったんだよ。
いつも俺に、煙草は百害あって一利なしって、煩かったじゃねぇか。」

中也さんの問い掛けに、なまえさんは頭上に疑問符を浮かべた。その所為で、また騙したのかと、物凄い勢いで俺を振り返る中也さん。
いやいや!見かけたのは確か。首がもげるんじゃないかって位に左右に振った。
まぁ、唯…偶然ではなく、尾行して得た情報だったが…その事実は、墓まで持っていこう。

「その煙草って、若しかして…これ?」

なまえさんは笑いを堪えつつ、鞄から一つの煙草を取り出した。
それには、控えめな赤いリボンが添えられていた。

「…それ、俺のと同じ銘柄。」

「ふふ、お誕生日おめでとう、中也。」

中也さんの嬉しそうな顔。こんな表情見たことない。
だが、何故か直ぐに不貞腐れたような顔になって煙草を受け取った。

「折角だから、貰っておく。」

「あら、可愛くない。」

「……なまえさんは、俺が本当に欲しいもの、知ってるだろ。」

「…さぁ、どうかな。」

中也さんが本当に欲しいもの…?
車はたっけぇ外車持ってるし、葡萄酒もたっけぇのいっぱい持ってるし、地位だって幹部だろ。
他に何が……あ。

「恍けるってんなら、教えてやるよ。」

中也さんは葡萄酒を飲み干し、なまえさんの腕を引いたかと思うと、強引に口付けた。
俺らの前で何してんだよ…
空いた口が塞がらず、広津のジイさんを振り返ると、見て見ぬふりをしていた。
流石は紳士、俺もそう振る舞うべきなんだろうな。
でもついつい横目で見てしまう。

つか、長くねえか。
絶対これ深いやつだ。
なまえさんも拒絶しないってことは、そういうことなんだろう。

俺は手に持つグラスが空っぽなのに、尚も飲み干そうとしていた。
喉に通ったのは氷が溶けた、僅かな水だけだった。

「んっ…もう、酔っ払い!場所を考えなさいよ。」

「酔ってねーよ。」

いや、酔ってんだろ!
声に出すのは末恐ろしいので、心の中でツッコミをいれた。

「あー、くそ可愛い。なまえさん、いい加減俺の女になれよ、なってください。」

完全酔ってるな。
中也さんが女に頭を下げてるのとか、初めて見た。

……待てよ。

これ、なまえさんにフラれたら、暴君になるであろうこの人の後始末は、俺らの担当か…?
しまった…そこまで考えてなかった。
なんつー爆弾投下しちまったんだ、俺。
再び広津のジイさんを振り返る。
ジイさんもそれに気付いたらしく、平静を装ってはいたが、手が細かく震えていた。
ハラハラしながら、なまえさんに視線を移すと、にこりと微笑まれた。
え、それ、何の笑顔っすか。

「中也、部下が不安そうな顔してるよ。
仲間は大切にしなさいって、煙草なんかより、よっぽど口酸っぱく教えた筈だけれど。」

「俺なりに大切にしてるよ。なまえさんの教えはきっちり守ってる。」

そう言うと、中也さんはなまえさんの飲みかけのグラスに手をかけ、それも一気に飲み干した。
カウンターに荒々しく置くと、その手になまえさんの手が重なった。
あー…また見ちゃいけないやつか、これ。
それとなく目を逸らす。が、矢ッ張り気になって、横目で盗み見る。

なまえさんが、中也さんの耳元に唇を寄せていた。
それだけでも心臓が煩く脈を打ってんのに、後から聞こえてきた言葉の先を考えたら、落ち着いていられなかった。

「これより美味しい葡萄酒を飲ませてくれたら、中也が欲しいもの…あげてもイイよ。」

この人、中也さんのこと煽るの上手いな。
付き合いも長いんだし、当たり前っちゃ当たり前なのか。
今ので中也さんの理性、ブッ飛んだろうな。

「…ペトリュスは、太宰が消えた日に飲んじまった。」

「残念、飲んでみたかったなぁ。」

「なまえさんはツイてるぜ。
最近、狙ってた当たり年のロマネ・コンティが手に入ったばかりだ。」

「ふふ、本当にツイてるのは、誰かしら。」

横目で様子を伺っていると、中也さんがカウンターに左手を強く叩きつけた。
突然のことで驚き、背筋が伸びる。
然しよく見ると、その手には数枚の札が握られていた。

「立原、これで払っとけ。釣りはいらねぇ、俺らは先に帰る。」

全然こっちを見ないで立ち上がった中也さんの横顔は、真っ赤に染まっていた。
なまえさんはというと、可笑しくて堪らない、という表情だった。
揶揄ってンのか、本気なのか。
どちらにしても、中也さんにとっては幸せなんだろうな。
宣言通り、二人は先に店を後にした。



翌日、中也さんの機嫌がクソほどに良かったところを見ると、無事に一番欲しかったものが貰えたのだろうと思う。
これから惚気を死ぬほど聞かされるんだろうな。
面倒臭ぇけど、付き合ってやるか。


後書

2019.05.08*ruka


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*confeito*