◆5


「この任務、手前一人で行ってこい。今日中に報告に戻れよ。」

中也さんから一枚の指令書を受け取る。

「畏まりました。これを完遂した暁には、お付き合いしていただけるということですね。」

いつも通り、駄目元で中也さんに交際を迫ってみた。
中也さんもいつも通り、呆れた顔で返してくれた。なんと本日は、頬を抓るオプション付き。

「莫ァ迦、俺はそんなに安かねぇよ。さっさと行ってこい。」

「ひゃーい!」

受け取った指令書を見ると、確かにこれで中也さんとお付き合いというのは虫が良すぎるくらいの、なんてことない内容だった。
こんな簡単な任務は久しぶりだ。この程度なら一時間程で戻れるかな。
車に乗り込み、戻ってからの処理順を脳内で組み立てつつアクセルを踏んだ。



任務は予想より早く済ませることができ、一時間もかからず本部へと戻った。
なんだか構成員達が忙しなく走り回っている。
気になりはしたが、早く中也さんに報告をしないと、と真っ直ぐ中也さんの執務室へ向かった。

「中也さーん、任務完了しました。ご報告とご褒美を…って、あれ?」

中也さんの執務室の扉を開くと、数名の構成員が居るだけだった。

「みょうじさん!お疲れ様です!お待ちしておりました!」

近くに居た構成員が話し掛けてきた。
私を待っていたとは一体。

「中也さんは?」

きょろきょろと辺りを見渡しながら質問すると、答え難そうに目線を下げながら言う。

「その中也さんが、敵組織に捕縛されてしまったんです。」

「…え?何かの間違いでしょう、中也さんだよ?彼の人が敵に捕まる訳ないじゃない。
人違いでしょう、確認急いで。それに中也さんは今日この時間、任務は入っていない筈だけれど。」

私は信じる信じない以前に取り合わなかった。くだらない冗談に付き合っている暇はない。

「中也さんが不在ならば私が指揮を執る。敵組織からの要求は?」

周りの構成員全員が押し黙った。

「これが…送られてきました。」

後方から控えめに声が掛かり振り向くと、タブレットの画面を向けられた。
真っ黒な画面に映し出された映像に、一気に血の気が引いていった。
項垂れる頭は見間違える筈もない、力が抜けきった肢体も、総てが脳裏に焼き付いている姿と一致していた。
敵組織と思われる異国の男が英語で話す内容は少しも入ってこなかったが、“Nakahara"という単語だけは拾っていた。
映像の再生が終了して、再び画面は真っ暗になったが、視線はそのまま動かなかった。

唯、何を見ている訳でもなく、蚊の鳴くような声で指示を出す。

「あ、彼の人が、捕縛される筈がない、されるとしたら相手も異能力者の可能性がある…
抑々、この映像の真偽を先ず確認して…あとはGPSでの追跡をできるところまででも、いいから…それと」

冷静にならなければ。
やらなければいけない事は沢山在るのに、それらの考えを不安が隅へ追いやって、鼓動がどんどん早くなって、気持ち悪い。
救いは、こんな指示でも直ぐに動いてくれる仲間がいることだ。
私が、確りしなくては。両手で頬を包み一度大きく息を吸った。

バチンッ

強く頬を叩き気合いを入れた、その時だった。
執務室の扉が開き、そこに現れた構成員が私を見て言った。

「みょうじさん、首領がお呼びです。直ぐに来るように、と。」

無言で頷いて執務室を出る。
昇降機で階を上がる度に空気が薄くなっているのではないか、と錯覚するような息苦しさを感じた。

「みょうじです、入ります。」

首領の執務机の前まで進む。首領の雰囲気はいつもと変わらない風だった。

「なまえちゃん、アレはもう観たかな。」

アレが意味するものは明らかで、私は簡単な返事を返した。

「内容としては一方的な取引だよ。
中原くんを返してほしければ日没迄に一億円を持ってこい、さもなくば中原くんを殺す、と。」

怒りで震える手を強く握り締めた。
首領の御前だ、落ち着け。
自分に言い聞かせる。

「更に条件付きでね、女性一人に持ってこさせろとのことだよ。
紅葉くんは出張に出ているし、急いで戻したとしても」

「私が行きます、行かせて下さい。」

失礼と思ったが、首領の言葉を遮って意思を示す。
その無礼を怒るどころか、微笑みが返された。

「最初からその心算で呼んだのだけれどね、既に一億は用意してある。
が、君に一時的に貸し出すに過ぎない。
この意味が、解るね。」

中也さんも金も渡す気はない、失敗したら一億の負債は私個人に、という事だろう。
つまりは、失敗は許されない。当然だ。
失敗は中也さんの命に直結している。
急な任務だったというから、私が事前に知り得なかったのは仕様がない。
こうなってしまった今、全身全霊を懸けて中也さんをお護りする、それだけだ。

首領が指を鳴らすと、後ろに控えていた護衛が黒のアタッシュケースを持って近付いてきた。
それを受け取ると、ずしりという重量感に一瞬肩が沈む。抑えきれない怒りに奥歯を噛みしめた。
彼の人の命を、この程度の金と同じ天秤にかけるなんて馬鹿げている。
首領に一礼をして背を向けた。

「実に頼もしい目だね、最適解を期待しているよ。」

私はただ前だけを見ていた。

我々が出来ることは、今を生きることだけだ。
過去には戻れないし、未来があるかどうかも定かではない。
宮沢 賢治 



2022.03.23*ruka


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*confeito*