◇6
「今直ぐ車一台正面に回して、地図と相手組織のデータは端末に送っておいて。
映像の真偽は?…そう、解り次第連絡下さい。」
昇降機に乗り込みながら部下へ架電し指示を出す。
通話を切って息を吐き、少し落ちた視線の先に手にしたアタッシュケースがあった。強く握り直す。
未だに中也さんが捕縛された事を信じられない自分が大半を占めていたが、それを揺るがすほどの力があの映像にはあった。
まだ映像を解析中で真偽は不明。
あれが作られたものであるのなら、これから私は相手の罠に突っ込む様なものだ。
けれど、それでいい。中也さんが無事ならそれで。
到着の音が鳴り、一度深呼吸をして昇降機を降りた。
「なまえ!」
真っ直ぐ正面玄関を目指して歩いていると呼び止められた。
「…立原。」
声がした方を見ると、立原が駆け寄って来ていた。
「俺も見た、あの映像。これから行くんだろ。」
私は黙って頷いて、そのまま正面玄関を出る。
既に部下が指示通りに車を手配してくれていたので、後部座席へ乗り込み携帯端末を確認する。
地図や情報も受信していた。場所を告げようとしたら把握済みだと言われ、相手組織情報へ意識を向けると、反対側のドアが開いた。
「ちょ、何してんの。」
当然の様に、立原が隣へ乗り込んできた。
「さっさと出せ。」
立原が運転席へ言うと、車は発進してしまった。
「なんで立原が一緒に行くのよ、降りて。」
「俺も行く。」
「駄目、ちょっと!車止めて!」
私の言う事は聞かなかった。恐らくは立原直属の部下…やられた。
「降りてよ!駄目なの、女一人で行くのが条件なの!」
立原を両手で殴打し、降車を訴えたが、その両手とも捕まってしまった。
「知ってるよ、だから俺は外で援護する。それならいいだろ。」
今、立原には会いたくなかった。
緊張が解けてしまうから、堪えていた不安が溢れてしまうから。
案の定、視界が滲んできてしまった。
「一人で気張ってンなよ、莫迦。」
だから、そういうのが……
俯いて、瞬き一つで雫を落とす。
「…みっちゃんの莫迦。ごめん、有難う。」
顔を上げて立原を見たら、今までで一番優しい表情を向けられていた。
乱れていた心が、すっと落ち着いた気がした。
◇
「もっと、使いモンになんねーくらい取り乱すかと思った。」
車に揺られて流れる景色を見ていると、ふと立原が呟いた。
「“愛しの中也さんに若しもの事があったらどうしよー!”ってさ。」
小莫迦にしたような口調で言う立原は、屹度、私の緊張を解そうとしてくれているのだと思う。
私は景色から立原に視線を移し答えた。
「彼の人に若しもの事なんて、起こさせない。」
携帯端末に届いた情報によると、あの映像は加工なしの本物。
仮令、どんなに敵が強いとしても、あの映像以上の傷は、中也さんには負わせない。
絶対に、私が護る。
立原はそれ以上何も言わなかった。
◇
暫くして目的地の雑居ビルに近付く。
そこで致命的な事に気が付き、思わず立原の腕を掴んだ。
「うお!なんだ、どうした!?」
「ど、どどど、どう、どうしよ…」
心配そうな立原が私を覗き込む。
「わ、私、英語喋れない…」
「…は?」
そう言えば映像も終始、英語だった。
通訳を連れてくればよかったと後悔した時、立原が噴き出す。
「ぷはっ!なまえ、お前、さっきまで覚悟決めた面してた癖に、何急に英語如きで弱気になってンだよ!笑わせンな!」
腹を抱えて笑い出す立原に、恥ずかしいんだか腹立たしいんだか、よく解らない感情を抱く。
「本当、莫迦だな。英語なんて、喋る必要ねーってことだろ?」
にやりと笑った立原の言葉がやけに心強くて、一瞬で不安は吹き飛んだ。
車が停車する。私はアタッシュケースの取っ手を強く握り直しドアを開けた。
「行ってくる。」
「ああ、行ってこい。」
人間には、愛がありさえすれば、
幸福なんかなくったって、
結構生きていけるものである。
フョードル・ドストエフスキー |
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*confeito*