◆7
指定された雑居ビルに入ると、早速体格の佳い外国人男性が出迎えてくれた。
送られてきた情報に、元々護衛を生業としていた組織だと書いてあったのを思い出す。
それが最近武器商の真似事を初めて大赤字を叩き出したとか。
資金繰りが上手くいかず、今回の中也さん誘拐を企てた、という見立てだ。
全くもって浅はかな考え、軽率な行動。
男が近付いてきたので、アタッシュケースを少し持ち上げる。
それだけで意図は伝わり、ボディーチェックをすると言い出した。
因みに、簡単な英語なら理解できる。
執拗に体に触れる男の手も気色悪いが、何より肌に掛かる生暖かい息が最悪だ。
男の胸板を軽く押し返し、片目を瞑って少し距離をとる。
銃器の所有は認めないとの指示があったので、当然携帯はしていないがその確認をしたいのだろう。
下手にべたべたと触られるのならば、と私は少し離れた所にアタッシュケースを置き、潔く下着姿になった。
ヒュウと口笛を吹いた男に見せつけると、奥の部屋に通される。
そこに辿り着くまでに、目視だけで十数名の組員を確認した。
中々の武装をしてはいるが、外には立原も待機してくれている。
この組織の“崩し方”を脳内で構築し始めた時、扉が開かれ、それらは意味のないものと化した。
崩すだけでは足りない。
映像で見た姿と同じ、中也さんを目の当たりにして、私の理性はどこかへ消え失せた。
「中也さん…ッ!!」
ぐったりと項垂れる姿のその人は紛れもなく中也さんだった。
体内中の血液が沸騰しそうになるのを堪えて、中也さんの直ぐ横に立つ頭首と思われる男に視線を向ける。
胡散臭い笑顔で“Welcome!”と言い、中也さんの髪を鷲掴みにすると無理矢理頭を上げさせた。
薄っすらと開かれた蒼と目が合う。
「悪いなまえ…下手打っちまった…て、また手前は余計なサァビスしてんなァ?」
力なく笑う中也さんに何か言葉を掛けたいのに、胸が詰まって首を左右に振るので精一杯だった。
余計なサァビスとは、私の恰好を見てのことだろうが、こんなの中也さんの為ならなんてことない。
頭首の男が早口の英語で何か言っていたが、その内容を理解する必要はないと思った。
その男が中也さんの後頭部に銃口を突きつけたからだ。
自分の中で、何かが切れた。
頭の中は至極澄んでいて、心が酷く落ち着いている。
部屋には頭首らしき男が一人、部屋の左右に体格の佳い男が一人ずつ、そして案内役の男が背後に一人。
隠れられるような物は何も置いていないし、隠し扉の類も無さそうだ。
恐らく伏兵は居ない、とすれば相手は四人。
ゆっくりとアタッシュケースを横に倒して床に置くと、左右の男たちが私に銃口を向けた。
目視はしていないが、背後の男の銃口も私に向いているだろう。
片膝をつきアタッシュケースを少し開いて、中身を頭首へ向ける。頭首の口元がにやりと歪んだのを確認し、再びアタッシュケースを閉じて立ち上がった。
両手を上にあげた状態でアタッシュケースに片足を掛け、頭首に微笑みを投げかける。
頭首は一度頷き合図を寄越したので、私はアタッシュケースを蹴り飛ばした。
但し、思いっきり。
誰がどう見てもそのまま進めば頭首にかなりの勢いで衝突するであろう速度だった。
脚力には自信があった。伊達に中也さんのご指導の元で訓練していない。
案の定、頭首はアタッシュケースを避ける事が出来ず足を縺らせ、前に倒れ込む。
左右の男達が気を取られた一瞬こそ勝機。
後ろに立つ男に足払いをして体勢を崩した後、手にしている拳銃を取り上げる。
屈んだまま男の襟を掴み、その陰に隠れるようにすれば肉盾の出来上がり。
左右の男達は面白いほど私の狙い通りに動いてくれた。肉の盾に弾丸を撃ち込んだのだ。
つまり“仲間の男”に、合計四発の弾丸が命中した。
仲間を撃ったことによる動揺から生じる混乱に乗じて、盾の脇から左右の男たちに一発ずつ放つ。
この距離だ、急所を狙うのは難しくなかった。
最低限の発砲で男三人を倒し、残るは頭首の男のみ。
あっという間の出来事で、頭が追い付いていない様子だった。
呻き声を上げて立ち上がろうとしている頭首の額に銃口を宛がってやる。
私を見上げた彼の顔ったら。“無様”という言葉がこれ程までに似合うとは。
「Game Over.」
そう告げ、引き金を引いた。
未だに項垂れたままの中也さんの頭を抱き、そっと囁く。
「中也さん、ごめんなさい。もう少しだけ待っていて下さい。
直ぐに、片付けてきます。」
銃声が外の部屋に聞こえていない訳がない。
他の組員達が部屋に雪崩込んでこないのは、外で待機してくれていた立原のおかげで間違いないだろう。
室外からいくつも銃声が聞こえている、私も早く加勢しなければ。
立原も十人長の一人だ、実力は申し分ない。
が、この山は私が最後まできっちり片を付けなければ気が済まない。
この組織は、私が潰し尽くす。
中也さんの柔らかな髪から手を離し、直ぐ隣で動かなくなった頭首の襟を掴む。
ずるずると引き摺り部屋を出ると、直ぐ横に居た組員が、先まで生きていた己の頭首の変わり果てた姿に叫び声を上げた。
戦場で冷静さを欠くことは命取りである。
私も中也さんの姿を見た時危なかった、人のふり見て我がふり直せ。
そんな事を考えながら、頭首だった男の肩口から発砲する。
一発で仕留め、入口の方へ視線を向けると、想像通り立原が余裕の表情で二丁拳銃を披露していた。
一瞬目が合ったので、立原も私が出てきたことに気が付いたのだろう。
敵の殆どの目が立原に向いている今、的確に周りから一人ずつ仕留めていく。
◇
弾切れで銃を交換しようとした先で、立原を狙う組員を見つけ空の拳銃そのものを投げつけ気を逸らす。
此方を見た時にはもう、彼は立原から放たれた弾丸を吸い込んでいた。
どうやら彼が最後の一人だったらしい。
銃声が鳴り止んだ。
一匹の人間が持っているだけの精力を、一事に傾注すると、
実際、不可能な事はなくなるかも知れない。
森 鴎外 |
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*confeito*