2*一人の生徒


「個性把握…テストォ!?」

入学式は、ガイダンスは、と麗日が狼狽える。
雄英の"自由"な校風は"先生側"もまた然り、と相澤は言う。呆然とする生徒たちの中、なまえだけはこっそり小さく笑いをこぼした。

相澤は試しに、個性を使ってソフトボール投げをしてみろ、と爆豪を名指しした。

「死ねえ!!!」

死ね?生徒全員の頭の中に疑問符が浮かぶ中、爆豪が放ったソフトボールは激しい爆風を纏い、遥か彼方へ吹っ飛んでいった。
記録は705.2m、生徒たちは面白そうと沸き立った。

「…面白そう…か。ヒーローになる為の三年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?」

プロヒーローである相澤の反感を買ったのか、トータル成績最下位の者を除籍処分にする、と宣言した。入学初日にだ。当然、理不尽だと声をあげる生徒たち。しかし相澤の決定は覆らなかった。

「"Puls Ultra"さ。全力で乗り越えて、来い。」

生徒たちの顔が引き締まる。なまえも気合を入れようとした時。

「あー、みょうじ、ちょっと来い。」

相澤が手招きをした。なまえは不思議そうに相澤に近づく。

「お前は個性使用禁止な。」

「へ?なんで?」

「なんでも。」

なまえは一度だけ頷いて、準備を始めていた生徒たちの元へ戻った。
そして個性把握の為の体力テストが始まった。



第1種目:50m走
各々が個性を駆使して己の最速を目指す。
3秒04を叩き出した飯田になまえは賞賛の拍手を贈った。

「ちょっぱやだね!飯田くん!」

「む?50mだからこんなものだな。」

爆豪と緑谷の番になり、なまえはストレッチをしながら眺めていた。
爆豪が爆速!と叫び、両手で爆発を起こすと爆風で速度を上げる。隣を走る緑谷の事は完全に無視だ。なまえは苦笑いをするしかなかった。

第2種目:握力
少し離れた所で540キロを出した生徒がいるらしく、ゴリラか!とか言われていたのを聞き、なまえは近付き握手を求めた。

「すごいねー!林檎も余裕で潰せそう!」

「あぁ、まぁ、林檎くらいなら。」

障子はなまえの握手に応えながら言う。なまえはその手をすごーい!と言いながらブンブンと振った。

そして第3、4種目の立ち幅跳び、反復横跳びを終え、第5種目のボール投げでは麗日が∞という記録を打ち立てた。

「え、むげ、え!?凄すぎるっ」

なまえは手が壊れるのではないかというくらいに高速で拍手をした。えへへ、と照れながら頭を掻く麗日。
するとピンク色の肌をした芦戸が、なまえを見て言った。

「みょうじってさー、個性使ってなくない?」

なまえはにっこり笑って答えた。

「実は本調子じゃなくって、個性はなるべく使いたくないなーって!」

「なんだー!出し惜しみかー!このっ」

「あははー!いてて!」

芦戸がなまえの頬を人差し指でぐりぐりと突き刺す。なんとなく、相澤に個性使用禁止と言われた事は隠しておいた方が良いと判断し、咄嗟に嘘を吐いた。

なまえは個性を使わずとも、身体能力が高いため、現在の順位は真ん中辺り。どう考えても最下位の緑谷に声を掛ける。

「ね、大丈夫?」

「え?わ、わぁぁあ!(女子に話しかけられた!)」

「個性、使わないの?」

「え?えっと、その…(あわわわ、どうしよう…ん?この声、)」

赤面しながらなまえを見ると、心配そうな表情をしていた。
緑谷はなまえの顔をじーっと観察する。

髪は記憶より伸びていて、声も少し大人びた。でも真っ直ぐ見つめてくるキレイな瞳は変わってない。

「私の顔に何かついてる?」

「ちがっ!ご、ごご、ごめんなさい!(やっぱり、この声にこの顔、間違いない!)」

緑谷は顔の前で手をブンブンと大きく振り、そのまま顔に腕を巻き付け、その隙間からなまえを見て言った。

「あ、あの、違ってたらごめんなさい…君はもしかしてなまえちゃ」

「ねぇ、君、無個性なんじゃない?」

「へ?」

鋭い指摘に腕が細かく震える緑谷。腕の隙間から見えたなまえの顔は無表情。とてもさっきとは比べものにならないほどに冷たさを感じる。

「違うなら君の個性は、何?」

「ぼ、僕の、個性…は、」

「次、みょうじ。」

「あ、はーい!」

相澤に呼ばれたなまえは、表情をコロリと変えて笑顔で去っていった。緑谷はゆっくりと腕を下ろし、幼馴染の彼を探す。その人、爆豪は直ぐに見つかり目が合った。どうやら、爆豪もこちらを見ていたらしい。

「かっちゃ…」

緑谷が声を掛けようとした瞬間、爆豪は舌打ちをして顔を逸らした。

そして緑谷のボール投げの番が回ってきた。
顔は青褪めていた。そんな緑谷をなまえはハラハラしながら見守る。が、結果は46m。すると相澤が緑谷に近付き、何かを話していた。
なまえの場所からでは何を話しているのかは聞こえなかったが、爆豪の「除籍宣告だろ」という言葉にハラハラが増した。

2球目
一瞬、何が起きたかわからなかった。記録は大幅アップの705.3m、緑谷が握りしめた指を見てなまえは絶句した。
緑谷に「どーいうことだ」と飛び出した爆豪の後に続きたいくらいだった。
ハラハラはモヤモヤに変わり、相澤を睨む。一瞬目が合うもすぐに逸らされた。

そのまま体力テストは進み、全種目が終了した。

「んじゃパパっと結果発表。」

緊張の面持ちだった生徒たちは、相澤の「除籍はウソ」発言に言葉を無くす。

「君らの最大限を引き出す合理的虚偽」

驚嘆の声をあげる生徒たちの中、なまえは眉を顰めながら緑谷を見つめていた。緑谷はそんななまえの視線に気付く余裕は無かった。



放課後、なまえは職員室へ向かった。

「失礼しまーす!」

「なまえちゃんじゃーん!Yeah!元気か!」

扉を開けると近くにいたプレゼント・マイクこと山田が駆け寄ってきた。なまえとハイタッチからの握手という一連の流れをしていると、二人の頭が軽く叩かれる。

「おい、ここは職員室だ。みょうじ、こいつも一応、先生だからな。」

「HEY!一応ってなんだよ!」

そこには何かしらの書類を丸い筒状にしたものを手にした相澤がいた。恐らくそれで二人を叩いたのだろう。

「あ、消太さん!」

ぽこん、と再び相澤に頭を叩かれる。

「うぅ、相澤先生。」

「はい、なんですか。」

全く痛みはないものの、なまえは叩かれた箇所を摩りながら相澤をじとりと見上げた。相澤はふっと軽く笑い、自席に戻る。その後を追うなまえと山田。

「なんでお前もいるんだ。」

「まぁ、いいじゃねぇか。ほら、なまえちゃん、俺の椅子座んな。」

「わー、ありがとうございます!」

きゃっきゃっと楽しそうにしている二人だったが、相澤が山田を一睨みしておとなしくなった。

「相澤先生、聞いてません。あの二人が入学するなんて…しかも同じクラス!」

なまえが言う"あの二人"が誰か、相澤はすぐに顔を思い浮かべる事ができた。幼馴染ということは事前に聞いていたからだ。

「言ってないからな。」

「どうして!」

なまえに笑顔はなく、怒りというより、焦燥が滲み出ていた。

「言ったところで何が変わる?それに、お前らを同じクラスにしたのは根津校長の提案だ。文句なら校長に言うんだな。」

“根津校長”と聞き、ぐっと押し黙るなまえ。手を握りしめて俯くなまえの頭を、優しい手が触れる。

「大丈夫。お前はここではただの一人の生徒だよ。大丈夫だ。」

「………はい。」

優しい声になまえがはにかむ。隣で山田が「ヒュー!」と口を鳴らした。

2023.5.5*ruka



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*confeito*