◇4 中也さんに謝罪されたりするだけの話


綺麗な瞳が、僅かに揺れた。
熱で溶けてしまいそうなのに、睫毛の長さに気付き、改めて整った顔だと認識した。
その顔がみるみるうちに青想めていく。

え、そんなに私の告白が衝撃だったの。然も、負の方向に。

「…手前それ、本気で言ってンのか。」

少なからず傷付いた私に追い打ちをかけてくる。正に鬼の所業。

「嘘偽りのない真実です。閻魔様に誓えます。」

自分でも驚くくらい、今にも泣きだしそうな弱々しい声だった。

「閻魔…?質問を変える、雇い主は誰だ。」

何故だか少し焦った様子で問われたのは雇い主…会社ってこと?

「どこにでもある中小企業です。事務職です。」

間も無く死にゆく私の職業なんて、どうして聞くのだろう。
閻魔様に提出する書類の聴取とか?鬼も大変なんだなあ。

「事務職だぁ…!?」

「そんなの珍しくも何でもないでしょう、あとは何が聴取に必要ですか。生年月日?血液型?出身地?」

もう腕の感覚がなかった。冷や汗が頬を流れる。

「じゃあ、俺がポートマフィアの中原中也と知ってつけてた訳じゃあねぇって言うのか。
真逆、本当に唯の一般人…なのか?」

「名前は鼻絆創膏の彼が“チュウヤさん"って呼んでいたから、チュウヤさんって知っていたけれど、ポートマフィアだなんて……………え?今なんて?」

ポートマフィアって聞こえたけど、ポートマフィアって…あの!?
今度は私の血の気が引いていく。

目の前の人は鬼なんて存在ではなく、あのポートマフィアの人間…そして恐らく狙われる程の地位。
どうりで品の良い身形、なんて感心している場合ではない。
鬼でないのなら、私の現状は一体どういうことなのだろう。

ポートマフィアに喧嘩を売った記憶は皆無。
それなのに何故私は今、現在進行形で殺されかけているのか。

目の前のポートマフィアの人を見ると、微動だにしない。
暫く固まっていたと思ったら、片手で顔を抑え、驚きの行動に出た。
私を抱きかかえ、突然飛び降りたのだ。

「ひぃっ…!!」

短い悲鳴のような声が出た頃には地上へ降り立っていた。

高所から飛び降りたとは思えない程静かな着地に、ふと、ポートマフィアというワードに紐づいて“異能力”の存在を思い出す。

「死ぬかと…」

早鐘を打つ心臓の音が全身をスピーカーにして鳴り響いているようだった。

「まぁ、その、なんだ……立原が不気味だの、
広津が相当の手練れだの言うから惑わされたってのはあるが」

ポートマフィアの人、中也さんは帽子を取って頭を乱暴に掻く。
帽子を胸に置き、勢いよく腰を曲げた。

「すまんッ、完全に俺の勘違いだ。」

頭を下げられても、未だに状況に頭が追い付いておらず、何も言葉は出てこなかった。
中也さんが顔を上げて、何も言えずに立ち尽くす私を申し訳なさそうに見つめる。

「俺が言うのもなんだが…怪我はねえか。」

「…肩の感覚がありません。」

そう言って自分の肩を見ると、ちゃんとあったので、くっついてはいるようだが、動かすことはおろか、肩より先は自分の体ではないみたいだった。

「医師免許はねえが、腕利きの医者を紹介する。」

「え、遠慮します…」

やんわり断ると、中也さんは少し驚いた風だった。
いやいやいや、医師免許を持たない医者って普通、一般人は関わらないから。関わりたくないから!

「それなら、新しい服を用意させてくれ。随分汚しちまったからな。」

そう言われて初めて自分の身形を確認する。
確かにシャツもスカートも汚れていたが、クリーニングで落ちるであろうレベル。
ストッキングだけは派手に破けているので買い替えなければならないが、三足セットの安物だし、態々買ってもらう程の金額のものではない。

「本当、もう、大丈夫ですから。」

正直、一刻も早く此処から立ち去りたかった。
悪夢をみていたことにしたかった、我が身に起きた事は現実ではないのだと。
肩の痛みや服の汚れは寝惚けて転んだ所為で、決して誰かに何かをされた訳ではないと。

お昼時間を大幅に過ぎてしまった言い訳を考えながら帰社したかった。
愛しい平凡生活に戻りたかった。
少しの現実を否定すれば、戻れると思っていた。
それが甘かった。

また中也さんが言葉を発するより早く踵を返して、大通りに向かう路地へと踏み出した一歩で思い知らされる。
もう元の日常には戻れないのだという事を。

中也さんの「待て」という言葉と同時に発砲音が鳴り響く。
然し弾丸は何処にも命中しなかった。

正確には、命中する前に止められた。
中也さんの掌に。

「嘘…でしょ」

この一瞬で片手で弾丸を止めた中也さんは、
もう片方の手で私の頭部を守る様にして私を抱き寄せていた。これも異能力者の成せる業なのか。

弾丸はどこから放たれたのだろう、一体誰が撃ったのだろう、一瞬にして様々な疑問が浮かんだが、一番色濃く心を支配したのは恐怖だった。

体の震えを止められなかった。

だって、この弾丸は私に向けられていた。

その直後、もう一度響いた発砲音は違う場所から聞こえた。
中也さんの斜め後ろ辺りで、またも着弾を防がれた弾丸が宙に浮く。
すると中也さんは、虫でも払うかのように手を軽く振ると、私たちに向いていた弾丸は発砲元へと戻って行った。
直後聞こえてきたのは、男性二人のくぐもった呻き声。

「広津、後は任せていいか。」

「無論。」

いつから居たのか、パスタ屋さんでも見かけた壮年の男性が少し離れた所に立っていた。

「急所は外してある、“きっちり”始末頼んだ。」

「承知致しました。」

その声を聞いて、私は目を閉じた。もう色々と限界突破していた。
そこで記憶は一度途絶えた。



2024.08.15*ruka


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*confeito*