◆5 中也さんに闇医者に連れて行かれるだけの話
次に目を醒ましたのは、薄暗い部屋の寝台上だった。まだ眠い、もう少し寝たい。
そんな細やかな願望は、漏れ聞こえてきた会話に粉砕される。
「幹部直々に手を下されるのは久方振りでしたな。」
「相当な想いを貰ってたからな、返してやっただけだ。」
広津さんと中也さんの声だった。
「だがまだ全然足らねぇ…今日中に奴等のアジト抑えとけ。」
「既に黒蜥蜴に探らせております。」
なんとなく、二人の会話で現況を把握する。頭で理解しても、受け入れられるかどうかは別だ。
私が生活していた世界とは真逆の位置にいる。
あの音が、声が、空気が、全身を震えさせた。
同時に涙が溢れた。
恐怖で涙を流すだなんて、何時振りだろう。嗚咽が漏れぬよう手で口を抑える。
小指一本すら動かせない状態だった腕が、少しの痛みもなく動かせていた。
その腕には二本の管が繋がれていて、何らかの薬剤を投与されている。
医師免許を持たない医者の治療を受けたのだろうが、もうそんなことはどうでもよかった。
これから先、どうなるのだろう。
一気に様々な疑問や不安が込み上げてきて、物理的に体外へ出てしまいそうになるのを堪えた。
「お、起きたか。どうだ、気分は…って、佳い訳ねぇわな。」
カーテンで仕切られた空間に、元凶が現れる。
悔しいことに、非常にイケメンである。
病室(?)のくせに薄暗く、消毒液の香りがするこの部屋で心配そうな表情を向けられると、変な気分になりそうで困る。
「医者の話によると、右肩が脱臼していたらしい。
もう戻っちゃいるが、暫くは動かさない方がいい。」
何も答えずにじっと見つめていると、がばりと頭を下げられた。
「申し訳ない!無関係の手前を巻き込んだ挙句、怪我まで負わせたのは完全に俺の手落ちだ。
完治するまで全面的に補助する。」
補助と聞いて、スッと体温が下がった。
眉間に皺が寄る。
ポートマフィアとは無縁の人生を送ってきた。
漠然としたイメージと耳にした事のある噂は、ヨコハマ界隈を牛耳っている“夜の支配者”。
そんな人達に補助されるなんて非日常過ぎて笑えない。
幸い怪我も脱臼程度なら転んだとかでぎりぎり誤魔化せるだろうし、関わり合いを持たないのが最善だ。
「いえ、大したことはないので、どうぞお気になさらず…
それに、パスタ屋さんで貴方に見惚れていたのは事実ですから。
こちらこそ紛らわしい事をして申し訳ありませんでした。」
のっそりと上体を起こし、返答をする。右肩がずきりと痛んだ。
「では、私はこれで…」
寝台から降りようとすると、まだ何か言いたそうな顔を向けられる。
そんな表情もイケメンだと思うが、もうこれ以上何も聞きたくはなかった。
寝台の下には揃えられた靴、サイドテーブルの上には財布が置かれていた。
靴を履き、財布に手を伸ばしたところで声が掛けられる。
素敵な声で紡がれた言葉は、到底受け入れられる内容ではなかった。
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2024.08.23*ruka
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*confeito*