◇12 花唄少女


其の頃、エントランスホールでは…

仮眠室の鍵を渡されたものの、肝心な場所が解らず、置いてきぼりを喰らったなまえ。
何時迄もエントランスホールに立ち尽くしている訳にもいかず、受け取った鍵を見る。
すると"壱◯弐弐"という文字が書かれた銀板が鍵と一緒に揺れた。
恐らくは仮眠室の階・部屋番号、此の記載なら十階に部屋が在るのだろう。
なまえは太宰達が乗り込んで行った昇降機とは別の昇降機へと進む。

「ちょっと。」

思い掛けず背後から静止を促す声が、エントランスホールに響いた。
幼い、少女の声。
此の場には似付かわしく無い、可愛らしい声になまえは警戒しつつ振り返る。

「あなた、見ない顔ね。まぁいいわ。リンタロウが少し遊んできなさいって言うから、遊び相手を探してるの。」

赤い高価そうなドレスを着た、金髪美少女は両手を腰に当て、何とも偉そうな態度をとる。
なまえは警戒はした儘、少女に近付きしゃがみ込み目線を合わせる。

「…お名前は?おうちは解る?」

少女は数回瞬きを繰り返し、迷子扱いされている事に気付く。

「ち、ちっがーう!失礼ね!あたしはエリスよ!」

エリスは怒り、なまえの右手首を掴み、昇降機から遠ざかって行く。
少女の其れとは思えぬ程の力になまえは一瞬驚き、更に警戒を強めた。

暫しなまえを強引に引っ張っていたエリスが足を止めた。如何やら目的の場所に着いたらしく、なまえの右手首を解放した。

「あなた、花冠は作れる?」

到着したのは中庭だった。
中庭といっても、其処には中々の広さの緑が広がっていた。
其処だけが異質の空間となっており、なまえは違和感を感じた。
自分よりも背丈の大きい樹木を見上げる。
エリスは中庭への扉を開きなまえに手招きした。燥ぐ様な、嬉しそうな表情のエリスの誘いをなまえは断れなかった。

緑の園に足を踏み入れる。
気温や空気がほんの少し変わった気がした。
けれども遥か頭上の其処には天井があった。

「ほら、こっちに来て!」

エリスが急かす様に、再びなまえの手を引いて行く。
少し進んだ先には色とりどりの可愛い花が一面に咲いていた。
完全な室内故、風なんて吹かない筈なのに、空調だろうか、微かに草花が揺れていた。
御機嫌な様子でエリスは花を摘んでいる。

ポートマフィア本部内の広大な緑地空間で花を摘む少女。
異質な空間、異様な光景に違和感を感じるのが正常なのだろうが、なまえの口許は緩やかな弧を描いていた。

花冠を作ってあげるなんて何時振りだろうか、そんな事を考え乍ら、なまえはしゃがみ込み少女に似合いそうな可愛らしい花を摘んでゆく。

エリスと名乗った少女の微かな鼻唄を聴いている此の瞬間は、自分が此処に来た理由を忘れて。


2018.04.14*ruka



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*confeito*