◆17 代償


寂として声無く、視線を絡ませる二人。
寝台の上、太宰の上に覆い被さる様に、跨るなまえ。

押し倒された時には驚いた表情を見せた太宰も、今は無表情へと変わっていた。
なまえの突然の告白には、何の感情も抱いていない様だった。

「太宰さん……」

そんなことはお構い無しになまえは蕩けそうな熱い視線を送りつつ、右手で太宰の頬に触れる。
少し体温が低く感じられたなまえの掌に、一瞬視線を向けた太宰。
直ぐに視線をなまえへと戻すと、緩やかな微笑みを湛え乍らゆっくりと下降する姿が映る。
其の儘下がり続ければ如何なるかくらい太宰にも明らかだったが、制止する事はなかった。

柔らかく二人の唇が重なる。
太宰が薄く唇を開くと、なまえは応える様に舌を滑らせる。
何方からともなく舌を絡ませ歯列をなぞる。
静かな部屋に二人の交わる音と、甘い吐息が僅かに漏れ響く。

なまえは心の中でも、舌を出す。
何時も標的にするのと同じ様に。

暫く其の行為は続いたが、なまえがゆっくりと太宰から唇を離す。
すっかり混ざり合った透明な液体がなまえの唇をてらてらと濡らしていた。
なまえは緩く肩で息をし乍ら上体を起こそうとした。
然し、其れを太宰の両腕が阻む。

流れる様な所作でなまえの細腰に巻かれた太宰の腕に力が籠められ、一瞬にして天地が逆になる。

組み敷かれる形となったなまえは抵抗する事も無く天を仰ぐ。
揺れる瞳で、虚ろに太宰を見つめていた。

「積極的な女性は嫌いではないよ。」

太宰は額に、頬に、唇に触れるだけの口付けを落とす。

「今の君の心境を当ててみせようか。」

太宰の言葉になまえが一瞬反応したのを合図に、なまえの両手首を太宰の両手が寝台へ縫い付ける。
抵抗は無い。

太宰は目を細め、なまえの首筋へと顔を埋めた。
なまえは視線だけで太宰を追った。

なまえの首筋から耳へ、味わう様にゆっくりと太宰の舌が舐め上げ、耳元で囁く。
低い声色、他の誰にも拾えない程の声量で。

「"如何して異能が効かないの"…でしょう?」

ギリッと歯軋りを立て、顔を歪ませたなまえが初めて反抗を見せた。
拘束から抜け出そうと両手に力を入れ抵抗するも、男の力に敵わず、逆に両手は頭上で一つに纏め上げられてしまった。

自由になった太宰の右手がなまえの両頬を潰す様にがしりと掴む。
頬が潰され唇が前に突き出す様な顔になったなまえに冷めた視線を向ける太宰。

「うわ、不細工。」

なまえは目の前の太宰を挑戦的に睨み付けるが、太宰が其れに怯む訳もなく、寧ろ楽しんでいるかの様だった。

「ねぇ、理由を教えてあげようか。」

そう言うと、太宰の右手はなまえの首をなぞり、白い襯衣の釦に手を掛ける。

「…やめて」

なまえの静かな抵抗の声に、太宰は驚いた表情を向けた。

「何、女の子らしいところもあるんだねぇ。」

口許だけで嗤い、釦を外しに掛かる。なまえは身を捩り抵抗を見せるが、確りと固定されている為に、太宰を止める事は叶わなかった。

一つ

二つ

襯衣の釦が外されていく。

三つ目を外すと下着が見えた。

「…本当に黒だ。」

ぼそりと太宰が呟いたかと思うと、露出された白い肌に唇を寄せる。
小さくない膨らみに、態と音が鳴る様にして、何度か口付けを落とした。

悔しそうに顔を顰めるなまえの表情を確認する為に、視線を上げた太宰が言った。

「私にはね、異能は効かないのだよ。だから暗殺方法は異能以外で思案してくれ給え。」

全て読まれていた。
太宰は最初からなまえの思惑に気付いていた。

心の何処かで解っていた。
否、感覚に近いものでしかなかった。
確信が無かった。
然し、其れを認めたくなくての行動だった。

賭けだった。

結果

大負け。

其の代償は自身。

致し方無い。

「…なんで泣いてるのさ。私が悪者みたいじゃない。」

太宰の言葉でハッとするなまえ。
無意識に涙が溢れていた。
屈辱、無念、悲哀、恐怖…把握しきれない感情が入り混じっての事だった。

「まぁ…偶には無理矢理っていうのも、悪くない。」

流れる涙の粒を、赤い舌が絡め取って離れて行った。


2018.06.06*ruka



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*confeito*