◆19 十二翼の黙示
「確かに、手前を俺の部下にすんなら聞いとく必要はあるな。」
ジャケットを羽織り乍ら中原が言う。
なまえは焦点を定めず、中原の動作を眺めていた。
暫くの沈黙。
なまえは口を噤んだ儘。
太宰は何時の間にかなまえの横に座り、大きな欠伸をしていた。
壁に凭れ掛かり腕を組み、黙って待っていた中原が痺れを切らす。
帽子を取って頭を乱暴に掻き毟り、口を開こうとした瞬間、太宰が口火を切った。
「中也の異能は重力操作。触れたものの重力を自在に操ることができる。然し残念ながら彼は脳筋でね、私なしでは真面に作戦も立てられない。」
「ンだと、クソ鯖…!」
太宰の紹介が普通で済む筈も無く、嫌味を付け加えられる。
中原は当然異議を唱えようとしたが、其の時既に左手で拳をつくっていた。
「ほらね」と太宰が指さし乍らニヤリと嗤い、中原はピタリと静止した後、左手を静かに脱力させた。
「で、私はさっきも言ったけれど、凡ゆる異能を無効化できる。だからなまえちゃんの異能も効かず、渾身の演技も無駄になってしまったという訳。」
太宰は天井を見上げ、短い息を吐く。
なまえは横目で太宰を見る。包帯のせいで殆ど表情は読み取れなかった。
「…太宰さんは、既に私の異能の事は御存知なのでは?」
「却説、どうだろうね。それに"彼"、脳筋だから。」
再び中原を指さす太宰。
中原は鋭く睨みつけるも舌打ちをするに留まった。然し、太宰の嫌味は留まらない。
「おや、成長したようだね?此の短時間で凄いじゃあないか。でも身長は伸びないねぇ。」
「煩せぇ!!」
二人の遣り取りになまえはふっと笑みを零した。
途端に怒りが消えた中原が視線をなまえへ移す。
「解りました、御説明します。
私の異能は『十二翼の黙示』、神に嫌われた異能です。」
◇
みょうじ なまえ
性別 女
職業 暗殺者
異能力 十二翼の黙示
舌先で触れた対象の体内に毒を流し込む
軽い痺れから即死まで、毒の量は自在に調節可能
毒は五分もすると体内から完全消失し、如何なる手段を以ってしても検出されない
◇
「成る程、暗殺に特化した異能だな。」
「毒が消失か。だから遺体に何も残ってなかったんだね。」
中原と太宰が納得した様に声を上げた。
なまえは浅く一度頷く。
中原が腕を組み「うーん」と唸る。
当然、太宰は無視。
なまえが中原へ視線を向け、首を傾げる。
其の視線に中原も気付き、蒼い瞳がなまえへ向けられるも、直ぐに正面へ戻っていった。
「…その、"神に嫌われた"てのは、如何いう意味だ。」
「恐らくは、神の毒《サマエル》だね。」
答えたのはなまえではなく太宰だった。親指で唇をなぞり、如何にも考えている格好をしている。
「諸説在るけれど、サマエルは十二の翼を持つ…死を司る天使。素晴らしいね。」
太宰はなまえを斜め上から、うっとりとした表情で見つめた。
なまえは無言で其れを見つめ返す。
「毒と死の天使は、私に、一体どんな死を齎してくれるのだろうね?」
ウフフと一人楽しそうな太宰に、なまえが溜め息を吐く。
「天使、ねぇ。私がガブリエルだったら貴方に神の言葉を啓示してあげられたかも知れない。
或いは、ラファエルだったら其の苦悩を癒してあげられたかも知れない。
でも私は神に愛された熾天使なんかではなく、神の逆鱗に触れ呪われた堕天使がいいところ…神の毒を持って死を与えるしかできません。」
そこまで言うと、なまえは一度言葉を区切る。太宰も真顔に戻り、なまえの次の言葉を待った。
「そんな異能も太宰さんには効かないというのなら、貴方はある意味"神に一番愛された子"なのかも知れません。
私の異能で貴方を魂の呪縛から解放してあげられなくて残念です。」
自嘲気味な微笑みを太宰に向けるなまえ。太宰は大きく伸びをして、其の儘背後に倒れ、寝台に寝転がった。
「"神に愛された子"だなんて、嫌な事を言う。」
ぼそりと呟き眼を閉じた。
2018.06.27*ruka
前 ◆ 続
<<back
*confeito*