◆21 Cruz


なまえの発言に太宰と中原は驚愕の声を合わせた。
ポートマフィアの首領に向かって"あんぱん医師"とは一体…二人の脳内は混乱していた。

森は抱き着いてきたなまえに微笑み、頭を撫でてやる。
もう片方の手は、護衛の黒服に下がるよう指示を出していた。

「はは、思い出してもらえたみたいだね。改めて久し振り、なまえちゃん。素敵な女性に成長したね。
……私としては当時のなまえちゃんがどストライクだったのだけれど。」

なまえはふと我に返り赤面しつつ「失礼しました」と言い、森から手を離し下がった。最後の一節はなまえには聞こえていなかった様だ。

「真逆、医師がポートマフィアの首領とは露知らず、御無礼をお許し下さい。」

深々と頭を下げるなまえ。
頭を上げるよう、森が促すも暫く下げ続けた。
其の光景を黙って見ていた中原が、至極当然の疑問を投げ掛けた。

「首領とみょうじはお知り合いだったのですか。」

森は「うーん…」と返答に迷っていたが、頭を上げたなまえが中原を振り返り、代わりに答えた。

「命の恩人です、"私たちの"。」

「……"私たち"、だって?」

傍観していた太宰がぼそりと反応を零す。
森は照れ隠しに頭を掻き乍ら言った。

「いやぁ、命の恩人だなんて大袈裟だよ。唯、私は自分が食べようと思って買ったあんぱんを、君に譲っただけに過ぎないよ。」

嬉しそうに森を見上げるなまえの表情は、血生臭い背景を一切感じさせない、少女のそれだった。中原はモヤモヤした様な、不思議な気持ちを抱えていた。

「なまえ!」

突如として響く少女の可愛らしい声。赤いドレスの金髪美少女が森の後方から顔を出す。なまえが中庭で出会ったエリスだった。
エリスは小走りでなまえに近寄り抱き着いた。なまえはエリスの綺麗な髪を撫でながらも怪訝そうな表情をする。太宰に聞いたエリスの存在が"首領の奥方"だったからだ。

「なまえ、作ってもらった花冠ね、枯れてしまったの。また作って?」

無邪気な笑顔でなまえを見上げ、懇願するエリスに微笑みなまえは頷いた。

「あの花冠はなまえちゃんが作ってくれたのだね。エリスちゃんと遊んでくれてありがとう。」

手をポンッと合わせ森が礼を言うと、エリスはくるりと振り返り森に言う。

「あら、私が遊んであげたのよ。なまえにも真っ白で綺麗な花冠を作ってあげたもの…白詰草の、花冠。」

エリスは顔だけなまえに向けてにっこりと笑った。何故か背筋にぞくりとした感覚が走るなまえ。再びエリスがなまえに近付きスカートの裾を引っ張った。
耳を貸せという事だろうかと、なまえはしゃがみ込む。エリスがなまえに耳打ちをする。

「白詰草の花言葉って知ってる?」

「…確か、幸運とか、そんな感じだったかな。」

なまえの回答に笑顔を見せると、エリスは森の近くに戻って行った。質問の意図が解らず不思議に思いつつ立ち上がるなまえ。森と目が合う。

「では、白詰草の"花冠"の意味は如何かな。」

エリスの耳打ちの内容が聞こえていたかの様な質問だった。花言葉に特段知識が深い訳ではなかったなまえは首を傾げた。

「申し訳ありません、勉強不足です。次回お会いする迄に調べておきます。」

軽く頭を下げたなまえに対し「真面目だねぇ」と森は笑った。その傍らでエリスもくすくすと可愛らしく笑っている。
中原はなまえ同様意味が解らず、頭上に疑問符を浮かべていた。
唯一人、太宰は意味を知っていた。

「(白詰草の花言葉は確か主に四つ。なまえちゃんが言った幸運だけならば良かった。
冠にしてしまっては総てが繋がるという事か…)」

幸運
私を思って
約束

そして
復讐

「なまえ、また作ってあげるわ。」


2018.08.16*ruka



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*confeito*