◆27 Well, if you can.


再び仕事後になまえの居る仮眠室を訪れる中原。
手には約束通り、いくつかの住宅物件資料を携えている。

入口前で叩敲しようとした手が止まる。
中から声が聞こえたのだ。
昨日の自分の忠告は聞き入れられなかったのか、という落胆する気持ちは直ぐに消え失せた。聞こえてきた声が、あまりにも聞き覚えがあり、此処で聞きたくない声だったからだ。

「や、やめて…下さ…」

「ふふ、嫌がるなまえちゃんも愛らしい。」

拳を握りしめた中原は、叩敲不要と判断し、扉を蹴破ると、寝台でなまえを組み敷く太宰が居た。
手にしていた資料は数枚の紙切れだったが、中原の異能によって何十倍もの重力を帯び、太宰目掛けて放たれる。

「おっと」

太宰は上体を起こし、飛んで来た物を避ける。直ぐ横の壁を見ると、太宰の顔があった位置に、紙が数枚突き刺さっていた。
太宰が其れに気を取られている隙に、なまえは寝台から脱出する。

「変態糞鯖、俺の部下に手ぇ出すなって忠告した筈だ。」

次は殺す、と鋭く太宰を睨みつける中原はなまえの手を引き、自分の後ろへ隠した。
ありがとうと言ったなまえの姿が下着姿だった事も、中原の怒りを増長する材料となっていた。

「本当、中也は野蛮だなぁ、厭だ厭だ。」

大きな声で文句を言い乍ら、太宰が起き上がる。その表情は余裕の有る、微笑みを湛えていた。
投げつけられた紙に太宰が触れると、其れは通常の重力を取り戻す。太宰は其れを一枚眺めると、中原に問い掛けた。

「何だい、此の当たり障りの無い物件の資料は。」

なまえに着替えろと指示を出しつつ、再び太宰を睨みつける。

「手前には関係ねぇ話だよ、さっさと失せろ。」

「つれないねぇ、折角こうして中也の事をなまえちゃんと待っていたというのに。」

「真逆、手前…俺が来ると解っててなまえを…!クソ!」

にんまりとした太宰に、心底悔しそうに顔を歪める中原。

「嫌がらせが成功したんだ、満足だろ。"部外者"は出てけ。」

「………あっそ。」

太宰は無表情で、手にしていた紙をビリビリと破き始める。

「おい、てめ…何しやがる!」

中原が太宰から資料を取り戻そうと手を伸ばすも、中原より長身の太宰が立ち上がり、腕を目一杯伸ばした位置で紙を破られては、到底届かなかった。

「手前ぇ…!」

苛立つ中原は、勢い余って寝台に太宰を押し倒す。

「ちょっと!いくら中也が女の子みたいに小さいからといって、男と馴れ合う趣味はないよ、私!」

「ばッ…!俺だってねーよッ!!」

小学生の様に取っ組み合いの喧嘩を始めた二人を見て、部屋着に着替えたなまえが笑う。
笑い声が聞こえたのか、漸く二人は離れる。大袈裟に溜め息を吐いた太宰。

「中也よりよっぽどなまえちゃんのが冗談が通じるよ。」

「けッ、手前のは冗談の域を超えてんだよ。」

またもや言い合いを始めそうな勢いだった為、なまえが咳払いをして制止する。

「中也、資料は太宰さんに破られてしまったようだから、今日はもう帰って。私、これから」

其処まで言うと、なまえは太宰に飛び掛かり、今度はなまえが太宰を組み敷いた。
倒れた太宰の額には銃口が宛てがわれていた。先日、武器庫で中原が選んだ小銃だった。

「なまえちゃんに押し倒されるのは大歓迎だよ。」

太宰の表情は現状を一切投影していないようだった。寧ろ余興でも楽しんでいる風ですらあった。
舌打ちをするなまえは、引き金に置いた指に少し力を加える。

「良いのかい、中也が見ているよ。」

「中也は報酬の支払者よ。それに…異能で殺せるもの、誰かさんと違って。」

なまえは口元だけで微笑み答えた。中原はなまえを制止するでもなく、手を貸すでもなく、備付の食卓に軽く腰掛け煙草に火を着けた。

「確かに、中也なら簡単に口付けてしまうかもしれないね。」

太宰は小さく嗤った。尚も余裕な態度を見せ付けられ、なまえは苛立ち、左膝を太宰の鳩尾に落とし込んだ。
一瞬苦しそうな表情をしたのも束の間、太宰は微笑み言葉を続けた。

「ねえ、私の情報はどの程度集まった?下っ端構成員では高が知れているけれど。」

なまえは返事が出来なかった。その通りだった。有力と言える情報は一つもなく、同じような情報ばかりを耳にした。

「まぁでも、私を殺したら…ポートマフィアの大損害に繋がる事ぐらいは、把握できたよね。」

「……それは命乞いですか。」

冷たく嗤うなまえは太宰の左目を見下す。

「真逆!こう見えて歓喜しているよ。唯ね、私はなまえちゃんの身を案じているのだよ。だって」

太宰の右手が、鳩尾に置かれたなまえの太腿を撫で上げる。

「あんな軍人みたいな忠誠宣誓してしまった後だもの。首領をヒトラーと准えたのなら、裏切り者の末路は…解るでしょう。」

再び黙るなまえを、中原は煙草の煙を吐き出しながら横目で見遣る。

「そういえば、白詰草の花冠の意味は調べたかい?」

パッと明るい表情で問う太宰に対し、なまえはびくりと震えた。
あの後、なまえは確り調べていた。
復讐という意味も、輪となり総てが繋がるという事も。
目を細め、薄ら嗤う太宰は愉しそうに続けた。

「さぁ、私を殺してごらん。」

「………ッ!」

乾いた銃声が一つ、フロアに響いた。


2018.09.24*ruka



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*confeito*