◇28 番犬注意
銃口より放たれた弾丸は、太宰の耳の横スレスレ、寝台の白いシーツに黒い穴を開けた。其処へ少量の流血の赤が混じる。
小銃が握られた儘のなまえの右手を、中原が掴んでいた。今にも泣き出しそうな表情になりつつも中原を睨みつけるなまえ。
大きな溜息を吐く太宰もまた、中原を睨みつけた。
「なんて事するんだい、興醒めだよ。」
太宰の言葉に中原は舌打ちをすると、なまえを引き上げる。
異能を使ったのか、本人の力なのか最も簡単に太宰の上から降ろした。
「…中也も矢っ張り此の人を助けるのね。」
呆然と立ち尽くし、呟くように言ったなまえの言葉に中原が直ぐ様反論する。
「莫迦言え、俺はこんな包帯の付属品、如何なろうが関係ねぇ。
寧ろ死んでくれた方が煙草が格段に美味くなる。」
咥えていた煙草を床へ落とし、足で踏み潰して火を消した。
「中也は私ではなく、なまえちゃんを助けたんだよねぇ。」
太宰は上体を起こし、嫌味な笑顔を中原へ向けた。中原は軽く息を吐き、なまえへ向き直る。
「言ったろ、俺は手前の上司で俺は部下を守るって。癪だが、此奴が言ってた事は間違っちゃいねぇ。
今なまえが太宰を此処で殺すのは、利口とは言えねえな。それに手前も手前だ、こんな安い挑発に乗りやがって。」
俯いたなまえは何も答えなかった。小銃は右手に持った儘脱力していたが、其の右手首を掴む左手の爪が食い込み、震える程力が加えられていた。
中原はそっと其の左手に触れ、右手を解放してやる。爪の跡がくっきりと残り血が滲んでいた。
「却説、本題に入ろうか。」
太宰がポンッと一度手を叩き、今の流れを全て断ち切るような明るい声で発言する。
中原は不機嫌そうに太宰を見る。
此奴の本題とは、自分への嫌がらせではなかったのか。だとしたら、何が目的か考えていると、太宰が胸衣嚢から紙を取り出した。
其れは四つに折り畳まれており、自慢気に見せつけられても何なのか解らなかった。
「何だ、そいつは。」
中原が紙の中身を問うが、太宰は勿体つけて中々白状しない。なまえは其の場を離れ、隣室へ消えた。
「君がなまえちゃんを変な処に住まわせようとしていたからね。最良物件を手配してあげたんだよ。」
変な処とは心外だった。中原も好条件の物件を選んできた自信があった。
太宰の手から紙を奪い盗る様にして、中身を確認する。紙を開くと二枚重ねになっている事に気付く。
一枚目は物件の間取りやら住所やらが記載されている。
二枚目はその物件の賃借契約書の写しだった。名義は、ポートマフィアの表の顔"モリコーポレーション"と記載され印鑑も確り押されていた。
「おいおい…随分と手際が良いじゃねえか。」
思わず引き攣り笑いを浮かべる中原の横をなまえが通り過ぎる。手には消毒液等が握られていた。
寝台に腰掛けた儘の太宰の横に座る。
「耳、手当てさせて下さい。」
太宰を真っ直ぐ見上げ乍ら真顔で言うなまえに、太宰も中原も一瞬動きが止まる。
太宰は何度か瞬きをしてから、了承の言葉を述べる。
呆れた様に少し嗤い乍ら話し掛けた。
「君、行動が破綻しているよ。殺そうとした相手の手当てをしたいだなんて。」
大した怪我でもないし、と付け加えるとなまえは手当てを始め乍ら、至極真面目な表情で答える。
「傷をなめては痛い目を見ますよ。」
「おい。」
「出来れば痛くない方法で死にたいのだけれど。」
「なぁ、おい。」
「勿論、私も嬲る趣味はありませんので、苦しまない様に一発で仕留めます。」
「手前ら…聞こえてて、態と無視してんだろ。」
二人の遣り取りに割って入った中原が声を荒らげる。手に握られていた紙にはいくつもの皺が出来ていた。その紙の一枚目を太宰の目の前に突き付ける。
「此れ、如何いう事だよ。」
太宰は表情を変えずに答えた。
「首領もなまえちゃんの身を案じていてね。番犬付きの物件を提示したら、快諾してくれたよ。」
手当てをし乍ら"番犬"という言葉に疑問符を浮かべるなまえ。
「動物は飼った事がありません。お世話をする自信が…」
少し申し訳なさそうになまえが呟く。
「大丈夫!小型犬だし。」
そう言うと、太宰は微笑み、中原を指差した。
「此れは世話する必要ないから。世話したところで、今以上大きくもならないしねぇ。」
「え、それって…」
「誰が小型犬だっ!!」
「中也以外に居る?小型犬らしくキャンキャンとよく喚いてるじゃない。」
また言い合いを始める二人を止めるべく、なまえは手当てが終了した太宰の耳を平手打ちした。
痛そうに患部を摩る太宰を放って、中原に視線を送り、説明を求めた。
「…この物件、俺の家と同じ住所なんだよ。」
番犬とは、中原の事だった。
太宰が用意した物件は、中原の住む高層マンション。唯、同棲という訳ではなく、隣室だという。
「私の家の隣室も考えたのだけれど、ほら、私か弱いから番犬にはなれないし、何故か首領も私より中也の隣室を推したのだよ。」
不思議だよねぇ、となまえに同意を求めるも、既に何度か太宰に押し倒されたりしていた為、なまえは森の意見に同意の心算で頷いた。が、太宰は自分への同意と取った。
「…それに、寝首をかかれるなんて、つまらない死に方は嫌だしね。」
ニヤリと口元を歪ませた後に、鍵をなまえに渡す。直ぐに住めるよう手配してあるというから、用意周到が過ぎる。
選択肢も拒否権もないなまえを少し不憫に思った中原だったが、なまえは居住地なんて雨風が凌げれば何処でもよかった。
特に否定する事もなく、鍵を受け取った。
その後、中原は自分の愛車の助手席になまえを乗せ、上機嫌で帰宅した。
其れを見た構成員が居たのか、それとも真相を知る悪意ある人物によるかは不明だが、翌日以降、中原となまえの同棲疑惑がポートマフィア内に瞬く間に広まった。
2018.09.30*ruka
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*confeito*