◇26 好きだと云ふ事


「私はここで失礼するよ。またね、なまえちゃん。」

首領・森への挨拶を終え、武器庫に行くというなまえと中原と別れた後、太宰は己の執務室へ向かう。
なまえの過去、なまえと森の関係等々、様々な事を思案し乍ら通路を歩く。

すると、前方に黒い人影が見えた。太宰は其れが誰なのか気づき視線を向ける。
黒い人影が太宰の前に立ち塞がった。

「太宰さん。」

「やぁ、芥川くん。丁度良い、少し話をしようか。」

黒い人影の正体は芥川だった。芥川は数回咳き込むと、太宰に疑問の表情を向ける。

「話…任務の事ですか。」

太宰は少し嗤い否定の言葉を言うと、芥川の横を通り過ぎる。

「ちょっとした世間話さ、話は車でしよう。」



任務へ向かう車中、早々に話を切り出した太宰。

「君、何時も手紙を認めているよね。出してはいない様だけれど。」

何を話しても大した反応を見せない芥川がビクリと肩を揺らした。其の後、小さな声で肯定の返事を返す。

「あれって、誰に宛てたものなの。」

芥川は怪訝な表情で太宰を見た。
何故そんな事を言わねばならぬのか、という内情がダダ漏れだった。太宰は溜め息混じりに笑うと、視線を車窓へ向ける。

「尋問している訳じゃあないんだ。別に言いたくないのなら無理に言わなくても構わないよ。唯…」

勿体振るかの様な太宰の口振りに、真意を探ろうと横顔を見つめる芥川。そんな芥川の視線に気づいたのか、太宰が芥川の方へ少し顔を傾けた。

「唯、私は君の想い人の居場所を知っているかもしれない。」

太宰の言葉に目を見開く芥川。然し直ぐに元の無表情に戻り俯く。

「手紙を出せない理由は幾つか考えられるけれど…君が住所を書いたところを見た事がない。
書かないのではなく、"書けない"のだろう?」

「…彼の人の行方を知る事は、潮風の行方を追うよりも難しいのです。」

芥川は膝に置いた両手の拳を強く握りしめた。其れを視界の端に捉えた太宰は目を細める。

「あれだけ真剣に認めている手紙だ、相当伝えたい想いがあるのだろう。気難しそうな表情で文に向かう君の姿を眺めるのが、毎月の恒例行事の様にすら思えるよ。」

芥川の頭をそっと撫でる。

「なっ…」

「私は君の上司だよ。力になってやりたいと思うのは、自然な事だと思うのだけれど。」

太宰から優しい言葉をかけられることに慣れていない芥川は、眉間に皺を寄せ警戒を強めた。太宰はニヤリと嗤う。

「但し、交換条件だ。私が君の想い人の居場所を教える代わりに…芥川君が知っている彼女の全てを教えて欲しい。」

芥川が目を見開く。

「…太宰さん、彼の人を、なまえさんを知って、如何する心算ですか。」

歯を食いしばり太宰を睨み付けるような表情の芥川に、太宰は余裕の笑みを向けた。

かかった、と。

カマをかけてみたが、此処まで上手くいくとは。

「別に、悪い様にはしないさ。
…さぁ、如何する。」

芥川は直ぐには返答しなかった。
太宰が満足のいく返事を聞いたのは、任務が終わった後の車中だった。



その理由は僕はなまえさんを好きだと云ふ事です。
勿論昔から好きでした。
今でも好きです。
その外に何も理由はありません。

(芥川龍之介 恋文より引用)


2018.09.18*ruka



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*confeito*