◆29 王子様(小)


「マレブランケ、ですか。」

とある組織の名前を口にした中原は、首領・森の部屋に居た。
執務机で両手を組み真っ直ぐに中原を見据える森は、一度だけ頷いた。其の机の前では、エリスが鼻歌交じりにお絵描きをしている。
森は、名前くらいは聞いた事があるだろうと、一枚の紙を差し出す。中原は森に近づき書類を受け取ると、早速中身を確認した。

マレブランケ、複数の男女で成り立つ犯罪組織。各々コードネームで呼び合うため、彼らの素性は極一部しか知らない。
彼らの標的は常に犯罪組織、つまり同業者だ。
主に麻薬や銃火器の密輸現場を襲い、得た金品や品物は貧民街へ流れる。其の事から貧民街ではマレブランケを"義賊"と呼ぶ者も多いという。義賊といえば、耳障りは良いが、場合によっては殺人をも厭わない。

「やっている事は我々とさして変わらないというのに、片や"義賊"だなんて、可笑しな話だとは思わないかい。」

つまらなさそうに手をひらひらとさせて森がぼやく。

「確か…先日うちの銃器密輸船が襲われて、未遂に終わったとか。」

「そうそう、其れなんだけれどね。見合った報復を与えようと思うのだよ。」

表情は至って明るかったが、一言一言に重圧感があった。中原は書類から森へ視線を移す。
目が合うと、森は微笑み続けた。

「其の報復を中原くんと太宰くん、それと…なまえちゃんにお願いするよ。」

なまえという言葉にあからさまに反応する中原に、森は困ったように笑った。

「中原くんがなまえちゃんを実戦に連れていない事は報告を受けているよ。
女の子だから心配なのかな、それとも何か他に理由が?」

中原は少し俯き、拳に力を入れた。
女性でも一線で任務を行う者はいるし、なまえの異能が暗殺の任務に於いては有効と解っていた。
それでも中原がなまえに運転手としての役割しか与えなかったのは、戦闘能力の低さと生への執着の欠如だった。

最初は中原も即戦力として考えていた。何度も実戦に同行させてくれとなまえ本人からも訴えられていた。
然し首を縦に振れないのは、なまえの打ち立てる作戦に問題があったからだ。
なまえの異能の発動条件が、標的に接近しなければならない事を考慮したとしても、なまえ自身が危険すぎる作戦ばかりだった。

まるで、死に急ぐような、死にたがりの某包帯男の様で、如何にも釈然としない。
其れを森に報告するべきかどうか迷っていた。理由について、露ほども判明していないうちに、己の謂わば"勘"だけで告げる必要があるのだろうか。

「ねぇ、なまえも危ないお仕事をするの?」

押し黙る中原に、何時の間にかエリスが近づき問い掛ける。床には画用紙やクレヨンが散らばった儘だった。

「大丈夫さ、なまえちゃんはそんなに柔ではないし、なんといっても二人の王子様が守ってくれるからね。」

そう言うと森は席を立ち、エリスに歩み寄る。優しくエリスの頭を撫で乍ら、中原にねぇ?と同意を求めた。

「王子様?中也と太宰が?」

エリスは森を見上げ乍ら、不思議そうな表情を浮かべた。森は微笑みだけを返した。それを肯定として、エリスは中原に視線を移す。

「そうなの。じゃあ確り守ってあげてね。」

中原は複雑な気持ちの儘、然しはっきりと了承の言葉を述べ、部屋を後にした。



太宰へは首領から任務の話をするとの事だった。なまえには俺から説明するようにと。
首領の命令なら従う以外の選択肢はない。それでも未だに気が進まないでいた。
なまえを実戦に出すのは。

此の話をしたら、なまえは喜ぶのだろうか。やっと実戦に出られると。

なまえの望みは実戦に出る事なのか…実戦で死ぬ事なのか。
まぁ、俺がいる限り死なせねぇがな。

「……王子様って柄かよ。」

自嘲気味に呟いて、なまえが居る執務室の扉を開けた。


2018.11.02*ruka



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*confeito*