◇30 恩寵を嘲笑う者


「却説、太宰くん。例の報告書はまだかな。」

中原が退出してから少し時間をおいて、今度は太宰が森の部屋を訪れていた。エリスはお絵描きをやめ、可愛い女の子の人形で着せ替え遊びをしていた。
森の質問に小首を傾げる素振りを見せる太宰。森は呆れた様に溜め息を吐いた。

「太宰くんはなかなか報告書を上げてくれないからね。なまえちゃんの事、調べているのだろう。進捗状況ぐらいは聞いても良いかと思ってね。」

「…嗚呼、構いませんよ。」

太宰はなまえから聞いた情報を、嘘偽りなく話した。森は興味深そうに頷いたり、偶に相槌を打った。
太宰が話終えると、一呼吸の間を置いてから問い掛ける。

「異能については、それだけかい。」

不敵な笑みを浮かべていた。
まるで、未だ其処に居るのかとでも言いたそうな。
太宰は無表情ながらも、内心はふつふつと言い知れぬ感情が湧き出ていた。

「進捗状況、ですから。」

太宰が踵を返す。本題も聞かずに帰ろうとする太宰を制止し、中原と同じく書類を渡す。

「"マレブランケ"…報復ですか。」

話が早いね、と森が笑う。エリスが太宰の元に近寄る。
ドレスで着飾ったお姫様のような人形を太宰に見せつけ乍ら言った。

「ちゃんとなまえの事、守ってあげてね。太宰も中也も、なまえの王子様なんだから。」

「王子様?私と中也が?」

何の事かと不思議そうな顔を森へ向ける。森はニッコリ笑顔を返し、そういう事だから、とだけ答えた。



中原が執務室に入ると、なまえが事務仕事をしていた。

「なまえ、仕事だ。」

「…また、運転手ですか。」

今度は何処にお連れします?と、小馬鹿にしたような口ぶりで、片手を差し出した。

「次の任務では、手前も前線だ。」

真剣な面持ちの中原に、なまえは一瞬動きを止めた。何度か瞬きした後、口元を歪ませる。
中原はソファに深く座り帽子を取ると、先ほど森から受け取った書類をひらひらと掲げた。其れが何か理解したなまえは、中原の隣に座り、書類を受け取ると上から目を通していく。

「この前少し騒ぎになってたの知ってるか、銃器の密輸船が襲われたやつ。
其処に書いてある"マレブランケ"って組織が関与してるらしくてな。
今回はその報復が任務だ…っておい聞いてんのか、なまえ。」

無反応のなまえを中原が横目で見ると、書類を持つ手が震え、顔は血の気が引き青褪めていた。中原の声が聞こえていない様子だった。
中原がなまえの肩を掴み、少し揺さぶると漸く反応を示した。

「報復とは、具体的に…どの程度ですか。」

「なんで程度なんてモン気にすんだよ。」

中原の厳しい視線はなまえの視線と交わる事はなく、会話は進む。

「どの程度かは"彼奴"次第だ。首領は俺ら三人を御指名だからな。」

三人という言葉だけで、もう一人が誰か明らかだった。
その時点で生温い程度ではないことを察してしまった。手を口に宛てがい考え込むなまえ。
そんななまえの態度が気に喰わなかったらしく、其の手を中原が強引に掴む。なまえは顔は其の儘に、視線だけゆっくりと中原へ向けた。

「手前が頭ん中で考えてる事、全部話せ。でなきゃ、手前も…手前が抱え込んでるモンも守ってやれねぇよ。」

「おやおや、密談かい?中也、密談っていうのはね、他の人が居ない処でするものだよ。」

何時の間にか、執務室の扉の前に腕組みをした太宰が居た。太宰の声に大きく舌打ちをする中原。

ガチャリ

静かな執務室内に響く金属音は、なまえの動きを止めるのには充分だった。
太宰はゆっくりと二人に近付き、なまえの目の前で止まる。
腰を折り、前屈みになると、なまえの顎に手をかけ上を向かせる。
強制的に目線を合わせた後に、至極楽しそうな表情でなまえに言った。

「"マレブランケ"について、詳しく教えてくれるよねぇ、カルカブリーナちゃん。」

逃げ場のない此の密室は、瀝青の池よりも苦しいものか。


2018.11.11*ruka



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*confeito*