◆25 dear VEGA
拝啓
朝夕は涼気を感じるようになりました。
昨日、夕焼け空を赤蜻蛉が飛んでおりました。
何時かの夕暮れに、貴女が赤蜻蛉を追い駆けていた姿を思い出しました。
◇
拝啓
路傍の草木も紅葉し始め、青空を朱や黄で彩る季節になりました。
貴女とよく空を見上げた広場では秋桜が揺れております。
貴女は此頃に風邪をひきやすい故、どうかご自愛下さい。
◇
拝啓
麗らかな菊日和が嬉しい昨今ですが、お変わりなくお過ごしでしょうか。
虫の鳴き声もいつしか消えておりました。
静かな夜は貴女の優しく柔らかな歌声を思い出します。
◇
拝啓
寒風の吹く日が増え、今年も僅かとなりました。
僕共の暖を優先する余り、貴女が高熱で倒れた事がありましたね。
未だに何もしてやれなかった無力な己に腹が立ちます。
◇
拝啓
新年を迎え、街を行き交う人々は皆明るく楽しそうです。
僕共には関係なく興味も皆無ですが、貴女の振袖姿は美しかった。
其の時許りは僕共から貴女を奪った男を、僅かに許せた瞬間でした。
◇
拝啓
春とは名ばかりの厳しい寒気の日々ですが、地には寒牡丹が咲き始めました。
鶯の澄んだ鳴き声を聞き乍ら、貴女がしてくれた様に己の手に息を吹き掛けております。
然し、どれだけ暖めても、貴女の体温程は暖まりませぬ。
◇
拝啓
木々が芽吹き始め、春霞の日が多くなってきました。
古池に枝垂れた桜も徐々に蕾を開き始めました。
其れを心待ちにしていた貴女に手を引かれ、毎日古池に足を運んでいたのを覚えております。
◇
拝啓
春爛漫の好季節になり、小鳥の音色も一際美しく思える今日此頃。
木陰で貴女が贈ってくれた本を読む僕の傍らで、花冠を編む貴女は春光よりも煌めいておりました。
一点の曇りもない貴女の笑顔が春、其の物でした。
◇
拝啓
風薫り、皐月晴れの日々が続いております。
藤棚の花は揺れ、燕も戻ってきました。
空高く響く矢車の音を聞き乍ら、行く春を惜しんでおります。
◇
拝啓
貴女が鬱陶しいと嫌った梅雨空の季節になりました。
反対に僕は嫌いではありませんでした。
少し我儘になる貴女を受け入れる、僕だけの甘美な喜びを感じていたからです。
◇
拝啓
今日は年に一度、織姫と彦星が逢瀬できる日だと聞きました。
年に一度だけでも逢えるなら、彦星にでも何にでもなりたいと心の真から思います。
また貴女が、僕の名を呼んでくれるのならば…
◇
拝啓
貴女の背丈程ある大輪の向日葵も首を項垂れる様な炎暑の日々です。
飽きもせず鳴き続ける蝉の煩わしさも、止めば侘しさを覚えます。
また一年が過ぎようとしております。
今、何処に居られるのですか。
出せもしない文を認めては、貴女への想いを募らせております。
文ならば、正直な己を、言葉を、貴女へ届けられる気がしたのです。
だのに、一向に行方知れずの貴女へ伝える術を、僕は持ち合わせておりませぬ。
嵩張るだけの文と想いが報われる日は訪れるのでしょうか。
せめて、もう一度だけでも貴女に逢いたい。
何時かの様に、僕の頭を撫でてはくれませんか。
何時かの様に、僕の手を引いてはくれませんか。
何時かの様に、僕を両の手で包んではくれませんか。
貴女の声が聴きたい。
貴女の笑顔が見たい。
貴女の体温が欲しい。
出掛ける時は必ず帰ると約束してくれたのに、彼の日は何も言ってくれなかった。
行かないで欲しいと懇願する僕を見る事も無く。
其れでも僕はずっと待っていた。
貴女が帰る場所は此処しか無いと信じていたから。
もう彼の場所に僕は居りませぬ。
誰も、居りませぬ。
僕が彼の日、彼の場所を離れた時から決めていた。
僕が貴女の帰る場所になると。
待っているだけの童子では無いと。
どんな手を使ってでも、どんなに月日を費やそうとも、貴女を見つけ出す。
仮に貴女が僕を忘却していようと関係無い。
必ず。
なまえさん。
2018.09.13*ruka
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*confeito*