◆31 己が正義を知らぬ誰そ


「カルカブリーナちゃんって…太宰、手前其れ本気で言ってんのか。」

なまえの隣に座る中原が、少しの動揺を見せる。
"カルカブリーナ"という名を中原も知っていたからだ。
先に森から受け取った資料に記載されていた、マレブランケが呼び合うコードネーム。その中に、其れは在った。
コードネーム以外は不明と記載されていたが、太宰はなまえを"カルカブリーナ"と呼んだ。

「中也、質問する相手が違うんじゃない。」

太宰は横目で冷たい視線を中原へ向けた。中原は、なまえの横顔を見つめる。なまえは焦点が定まっていない様だった。

「君は仮にも現在はポートマフィアの一構成員だ。幹部である私の質問に対する拒否権は存在しない。
君が如何しても答えたくないというのであれば、致し方ない…場所を暗く冷たい場所に変える必要が出てくる。」

太宰はなまえから手を離し、口角を僅かに上げた。拷問してでも情報を吐かせる、という宣言になまえは軽く息を吐いた。

「…幹部様の、仰せの儘に。」

睨みつけるように見上げ、不適に笑う。

「言葉と反して随分と挑戦的な目だね、悪くない。」

なまえの頬をそっと撫ぜると、太宰はソファの肘掛けに軽く腰かけて続けた。

「取り敢えず、なまえちゃんとマレブランケの関係から説明してもらおうか。
嗚呼、でもそうなると…」

意味深に言葉を区切った太宰に、中原が苛立ちを隠さず先を急かす。

「いや、なまえちゃんの生い立ちから話してもらわないとならないかなと思ってね。」

「語るほどの生い立ちなんて、私にはありませんよ。尤も、幹部様は既にお調べになってご存知の様ですが。」

お手数お掛け致しました、となまえが微笑むと、それ程でもなかったよ、と太宰が微笑み返す。
両者共に目が笑っておらず、見えない火花が散る。

「マレブランケは、貧民街出身者で結成された非合法組織。太宰さんの仰る通り、私もその一員でした。」

「でしたって事は」

中原の問い掛けに、小さく頷き続ける。

「私は既に離脱しています。」

太宰が態とらしく嗤う。

「"離脱"、ね。旨い言い方するじゃない。
"脱退"ではなく"離脱"だから未だ関係を断てないでいる、とでも言い訳をしたいのかな。」

なまえは押し黙る。俯き気味のなまえの横顔から不安と焦燥の色が滲む。

「なまえが今もまだマレブランケと関わりがあるって証拠でもあんのかよ。」

此の儘太宰に言葉を続けさせると尋問になり兼ねないと思い、中原が口を挟む。すると太宰は大きな溜め息を吐いた。

「だから、中也。質問する相手が違うよ。」

太宰は中原を見ることは無く、なまえに視線を送り、無言で説明の続きを促した。なまえは太宰からの視線を躱し、中原に向けて話す。

「マレブランケを離れてからも、繋がりはありました。マレブランケを通じて、貧民街の子らに資金提供しています。」

今度は現在進行形で言葉を紡ぐ。

「泣ける事になまえちゃんは、高額な報酬の殆どを貧民街へ寄付している様だよ。
マレブランケの連中が搾取しているとも気付かずに、哀れだよねぇ。」

「なっ…何を根拠に!」

太宰の言葉になまえは激昂し立ち上がる。
太宰はなまえを見ることも無く、追い討ちを掛ける。

「君がいた頃は確りと確立されたルートが存在していて、洗浄された資金は貧民街へ渡っていたようだけれど、離脱した後に一度だって確認した事はあったかい。」

中原は、静かに固く握られるなまえの拳を見た。

「教えてあげようか、君が彼らを信頼して渡した、彼らの私腹を肥やした総額を。」

目を細め口を歪ませると、太宰は漸くなまえを見た。瞳いっぱいに涙を溜めて、今にも溢れ落ちそうなくせに、視線だけは太宰を鋭く捉えていた。

「マレブランケは、貧民街にとっての義賊でなければなりません。其れが機能していないのであれば、それはマレブランケではありません。」

なまえの言葉で今度は太宰が黙る。
真剣な表情を見せた後、ふっと笑みを零す。

「なまえちゃんは変わってるよ。私の友人の次くらいには、ね。」


2018.11.25*ruka



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*confeito*