◆35 カルカブリーナは踊らない
酸素を絶たれたなまえの顔は紅潮し、瞳には涙が浮かぶ。滲む視界越しにアリキーノを見ると、歯を見せて笑っていた。
後に引き攣った様な不自然な笑い声も耳に届く。抗いようがないなまえはゆっくりと瞼を落とすと、端から涙が零れ落ちた。
次の瞬間−−−
「ぐっ……」
アリキーノが何らかの衝撃で突然倒れ込む。其の反動でなまえもコンクリートの床へ打ち付けられた。
なまえは倒れた衝撃よりも、一気に酸素を吸い込んだ事によって勢いよく咳込む。
アリキーノを見ると、俯せに倒れ動かない。なまえが名前を呼ぼうとした時、微かに呻き声が聞こえた。ほっとしていると、其れとは別の声がなまえの耳に届いた。
「ったく、何奴も此奴も…死にてぇなら、さっさと一人で勝手に死ねってンだよ。」
アリキーノの近くに転がっているコンクリートの塊を見て、予想はついていた。声の主、中原は帽子の埃を叩きながらなまえに近付く。なまえも起きようと身を捩るも、未だ咳き込んでいてなかなか起き上がれずにいた。
「カルカブリーナに…なまえに近づくな…っ!」
アリキーノがなまえよりも先に起き上がると、なまえの長い髪を掴み、無理矢理上体を引き上げた。中原は其の場で歩みを止める。
「手加減し過ぎたみてぇだな。」
鋭い眼光でアリキーノを睨みつけるが、アリキーノの視線は中原の背後に向けられていた。
「あっれぇ?まだ片付けてなかったの。仕事が遅いじゃない、中也。」
其の視線の先には、太宰が居た。中原は舌打ちをしつつ振り向く。
「うっせぇ!こっちは下に居た奴等も全員ブッ倒してきてんだよ。何もしないで登ってきた手前ェと一緒にすんな。」
アリキーノはナイフを取り出すと、絞首痕が残るなまえの首へ宛てがった。
「おい…其の汚ねぇ手を離せ、嫌なら殺す。」
「残念だけれど、中也と同意見だ。どうしてくれるんだい、最悪な気分だよ、まったく。」
中原と太宰の表情は、マフィアのソレだった。アリキーノは中原と太宰を交互に見て、太宰に視点を合わせて問う。
「マラコーダは連れてきたのか。」
なまえが伏せていた瞳を太宰へ向けた。太宰は微笑んでいた。
「マラコーダは…そう、私だよ。」
「巫山戯るな!お前みたいな奴がマラコーダの訳がないだろう!」
興奮したアリキーノの手元が震え、なまえの首筋にナイフの刃が当たり、一筋の鮮血が流れた。
「君もマラコーダであり、或いはなまえちゃんだってマラコーダだ。
君たちにとってマラコーダに実体は必要ないんだろう。ならば各々の内に在って、突き動かす其れがマラコーダ自体だ。
私にマラコーダを連れて来いだなんて、なまえちゃんを返す気がないのは初めから解っていたよ。殺すつもりだってない筈だ。だって君は」
「黙れ!お前がナバラの男だな。僕とカルカブリーナを騙す気か!」
太宰は溜め息を吐き、あからさまに肩を落とす。
「君は"神曲"に陶酔し過ぎだよ。
いいかい………
カルカブリーナは、踊らない。」
2019.01.06*ruka
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*confeito*