◆37 青紫に白を重ねて
今、何時だろうか。
朝が迫ってるのは確かだが、時計を見る気にもなれねぇ。
俺は居間のソファの上で、一睡も出来ずにいた。
寝台に潜り込んで、無理矢理にでも目を閉じていれば、幾らかは眠れたかもしれない。
だが、それが叶わないから、此処で寝返りだけを繰り返している。
理由は簡単、俺の寝台ではなまえが眠っているからだ。
太宰がアリキーノを射殺してマレブランケへの制裁は終了となった。
声も出さずに泣き続けるなまえを気にもせず、太宰は報告のため本部へ戻った。
報告は一人で充分と言われ、俺はなまえを放っておく訳にもいかず、自宅へ連れ帰った。
なまえの家は隣だが、放心状態の此奴を一人にしておくのは、如何にも気が引けて。
一先ず、俺の家にという流れだ。
◆
頬がずっと濡れた儘のなまえを、半強制的に車に乗せ連れ帰った。
部屋に入っても突っ立ってるだけのなまえをソファに誘導する。
「先ずは手当だな、ちょっと待ってろ。」
俺は日頃から用意してある救急箱を持ってきて消毒液を取り出した。なまえの両手首を見ると、血は止まり固まっていたが、中々の切れ味だったのだと思う。
「沁みるが、我慢しろな。」
傷口に消毒液をかけると、なまえは少し痛そうな声を出して顔を歪めた。なるべく痛くないように、脱脂綿で傷口の周りの汚れや血を拭き取ってやる。
取り敢えず大きめの絆創膏を貼り、手首の処置を終える。なまえの顔を見ると、また無表情へ戻っていたが涙は止まっていた。
顔にかかっている髪をそっと持ち上げると、多くの擦り傷をこさえていた。恐らく足にも細かい擦り傷は沢山あるだろう。痛いとも大丈夫とも言わないなまえに短い息を吐く。
「風呂入ってさっぱりしてこいよ。着替え用意してやるから。」
手首は傷があって痛いだろうから、手を軽く握って浴室へ連れて行く。なまえは大人しく着いてきた。
「置いてあるモン好きに使っていいから、あとこれタオルと着替えな。」
脱衣所に置いてある籠にタオルと着替えを入れ、その場を離れた。
俺はその足で台所へ向かい、葡萄酒と酒杯を持ってから居間へ戻る。
最近気に入っている伊太利亜産の赤葡萄酒は、値段の割に味が良い。一口飲んで、酒杯をゆらゆらと揺らす。
何故か二口目を飲む気になれなかった。結局一口しか飲んでいない酒杯を、其の儘テーブルへ置いてソファに深く座り直す。
天井を見たり、何も映っていないテレビを眺めたり、ぼーっとしながら時間を潰した。
暫くして俺の用意したシャツに短パン姿のなまえが、居間にトコトコと歩いてきた。不揃いになってしまった髪が濡れた儘だった。
「なまえ、此処座れよ。」
自分の隣を軽く叩き、ソファに座るように促す。素直にぽすっと座ったなまえの頭を撫でてやる。
「傷、あちこち沁みただろ。」
思った通り、短パンから伸びたなまえの足には擦り傷が多数あり、手首の絆創膏には血が滲んでいた。
でも一番此奴の心に沁みているのは首の痣だろう。白い肌が、青紫に変色した部分を際立たせていた。
俺は一度脱衣所に行き、ドライヤーを持ってなまえの元へ戻る。
「ほら、乾かしてやるから、其方向け。熱かったら言えよ。」
細くて柔らかいなまえの髪に熱を当てると、徐々にさらさらとした手触りに変わっていく。極端に短くなってしまった箇所の髪を触る。
「…明日、髪整えに行ってこいよ。此の儘って訳にもいかねぇだろ。」
相変わらず何も反応が返ってこない。…今夜ばかりは仕様がないか。
充分に乾かしてなまえの頭をポンと叩く。
「次は手当の続きな。手首も絆創膏じゃ痛いだろ。」
俺は再び救急箱を開けた。手首の絆創膏を剥がし、ガーゼを当てて包帯を巻いてやった。ムカつく野郎の顔がチラついたが、頭を振って思考から追い出す。
乾かしたばかりの髪を耳にかけて、消毒液を湿らせた脱脂綿で、頬の擦り傷を優しく叩く。沁みるのか、なまえは叩く度にピクリと反応した。後は脚だ。太腿から踝まで擦り傷が出来ていた。
ソファを降りて、頬と同じ様に消毒をしてやる。太腿の少し傷が深そうな箇所でなまえは声を上げて反応した。
…正直、変な気分になりそうな艶っぽい声だった。聞こえなかった振りをして、俺は淡々と理性的に消毒を完遂した。
そして最後に、首にも包帯を巻いてやった。鏡で青紫を見るよりは、白い方が幾分かマシだろうから。
2019.02.19*ruka
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*confeito*