◆39 夜が明けるまで


寝台の上、俺となまえの二人が寝転がってはいるものの、其の殆どは余白となっていた。
互いに向き合い、俺のすぐ横で眠るなまえ。人の気も知らないで、規則正しく呼吸を繰り返していた。

だが、此奴は眠れてなんかいない。
瞼を落としていたって、俺が隣に居たって、此奴の精神が安定することは容易じゃない。
俺は相変わらず寝られそうにないが、先程と比べるとだいぶ落ち着いてきた。
こんな小刻みに震えている奴をどうこうする程、落魄れてやしない。

どうせ寝られないんだ。
開き直ってなまえを見る。これ程迄に至近距離で見つめるのは初めてだった。
睫毛長ぇな…綺麗な肌をしているが、細かい擦り傷が目に入り、勿体ないと思った。
そして首に巻いてやった白が映る。脳裏に浮かぶ禍々しい絞首痕。

守って、やれなかった。

首領に守る様に言われていたのに。
怪我もさせた上に、一番厄介な傷を負わせてしまった。

俺はあの時、太宰を止めなかった。
俺がなまえではなく、太宰に駆け寄っていたら止められた。
そうしなかったのは、太宰の行為は間違いじゃないと思ったからだ。
俺たちに課せられていた任務はマレブランケへの報復。
太宰が画策する報復だ、落命する者は少なからず出るだろうとは思っていた。
太宰を擁護するようで虫唾が走るが、今回彼奴は間違っちゃいない。

唯、なまえだって間違っちゃいない筈だ。
彼の男はなまえにとって身内同然だったんだろう。身内の死を悼むのは当然だ。
哀しむだけ哀しめばいい。

もう彼の男はいない、今いるのは俺だ。
目の前のなまえの綺麗な顔を見ているのに、俺の中にはどす黒い感情が芽生える。
抑も、俺は彼の男を殺したことは悪いとは思っていない。
なまえを守ってやれなかった事に対してのみ、罪悪感を抱いていた。
彼の男がなまえを呼ぶ時に言っていた、"愛し"の意味を考えると苛立ちを覚えた。
俺の知らないなまえを、彼の男は知っている。
だがこれからのなまえを守ることができるのは俺だ。
そんなちっぽけな優越感で、俺の気分は幾分か良くなるのだから不思議だ。

「なまえ。」

瞳を閉ざした儘のなまえに話し掛ける。
どうせ眠れないのだろうと。
すると、ゆっくりと瞼を持ち上げ、未だ赤みの残る双眸が俺を見上げた。
髪を梳くようにして頭を撫でる。

「頭、少し持ち上げてみな。」

俺の言葉に素直に従うなまえ。浮いた頭と寝台の間に、俺は片腕を通した。

「…重くない?」

所謂、腕枕状態になり、なまえは心配そうに俺を見た。
愚問だな。
返事はせずにもう片方の腕で、なまえの身体を強く抱き寄せた。
少しの隙間だって埋まるくらいに。

「中也?如何したの?」

驚愕したような声を出すなまえの表情はもう見えない。
なまえの髪から俺と同じ匂いがした。

「んー、震えてたからな。」

すっぽり収まっている小さい背中を、鼓動よりも少し遅いテンポで優しく叩く。
なまえの体は柔らかくて暖かかった。
寝かしつけようとしている俺の方が眠気を誘われてしまいそうな程に。

「中也、暖かい…」

そう言ってなまえは俺の胸に擦り寄ってきた。

……この状況を作り出した、数秒前の俺に警告してやりたい。

"自爆するぞ"、と。

主張し始めた自身がなまえにバレないように、ゆっくりと不自然でないくらいに腰を引く。
男の性だ仕様がねぇ。

あと少し。
夜が、完全に明けるまで。


2019.03.19*ruka



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*confeito*