◇40 神曲、吾友なる貴公子


青白い月明かりが、大きな一枚硝子を通して森を照らす。
執務机ではなく、黒い革張りのソファに座り、蒸留酒を楽しんでいた。
其の後方に佇む一人の男、太宰はマレブランケの報復報告に訪れていた。

「偶にはどうだね、太宰くんも一緒に。」

森は振り向かずに酒杯を少し上に掲げた。

「遠慮します。それよりも」

森は冷たく即答する太宰に苦笑いをし乍ら、酒杯をゆっくり傾けた。

「…太宰くん一人で報告に来たという事は、なまえちゃんにとって、望まぬ結果となったようだね。」

酒杯の中で、氷が澄んだ音を響かせた。

「望まぬ結果…矢張り首領は、彼女とマレブランケの関係を把握していた、その上での采配ですか。」

太宰は軽く溜め息を吐く。
森は少し笑うと、顔だけで振り返る。

「珍しいじゃないか、君が怒るだなんて。」

森の言葉に顔を顰める太宰。

「怒る?私が?…真逆。」

森は違うのか、とまた正面へ向き直り酒杯を傾ける。
太宰は一通りの報告を淡々と済ませる。

「私が実際に接触したのはアリキーノのみでしたが、彼は私にマラコーダを連れてこいと言いました。
みょうじは実体の有無は関係ないと言っていたけれど、実在はするという事。
何方も其の正体は知らない様でしたが。」

森からの反応はなかった。太宰は森の執務机に置いてある、羽筆に僅かに触れる。


「マラコーダは…首領、貴方だ。」


酒杯の中で氷が崩れる。
森は目を細めて其れを眺める。
視線を窓外の月へ移し口を開いた。

「アレはね、彼女の居場所だったのだよ。」

「居場所?鳥篭の間違いでしょう。」

森の言葉に太宰は鼻で笑った。
それに対し森は、困ったような返事とも言えない、曖昧な言葉で濁す。
自ら彼女の為に居場所を作ってやったのだとしたら、今回その居場所を脅かすような真似をしたのは明らかな警告。
太宰はなまえとの契約の断片を、若しかすると、森はもう気付いているのかもしれないと悟る。
寧ろそれすらも、森が描いた絵の一色なのかも知れない。

然し何故、森はそこまでなまえに肩入れするのかが不明な儘だった。
太宰の考えはお見通しと許りに、森は笑った。

「如何やら、本質が見えていないようだね。」

君らしくもない、と嫌味を付け加えられても太宰は無表情の儘だった。
月明かりに創出される影を、静かに見つめていた。



否定はしなかったことから、マラコーダは首領で間違いない。
首領がマレブランケを作ったのはなまえちゃんの為。彼女の居場所、それを首領が作る意味。

手の届く範囲に置いておきたかった、それに尽きるが、何故。
現在の彼女から幼少期を想像するに、美少女だっただろうことは窺えるが、首領にはエリスがいる。愛人という線は薄いだろう。
なまえちゃんを養子として引き取った家の財産目当て…は、愛人説以上に有り得ない。彼の人の野望はそれっぽっちの金では満たされない。

愛よりも、金よりも首領が求めたもの。
それは………彼女の異能力。

彼女の異能力"十二翼の黙示"は頗る暗殺向きだ。
然し、発動条件が限定されている為、どうしても賭博性が高くなってしまう。
それを考慮すると、幼少期から囲ってまで欲する異能力とは思えない。

『本質が見えていない』だって?
言ってくれる。

「一直線の迷路なんて、退屈なだけじゃあないか。」

太宰は独り月夜に囁き、闇夜に紛れた。


2019.04.07*ruka



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*confeito*