◇ 4 Miss Moonlight


どんなに身体を触られようと、どんなに口付けをしようと、随分前から何とも思わなくなってしまった。

気恥ずかしいだとか、好いた人としかできないだとか、そんな少女染みた感情は何処かに置いてきた。

抑も、そんな感情は元より持ち合わせていなかった様に思う。

感情が芽生えるであろう年頃に、私には既に選択権は無かったのだから。

生きる為

殺す為

己を犠牲にする他なかった。

身体なんて、唯の器だ。

心さえ侵されなければ、他は如何でも良かった。



「今夜は素敵な夜にしよう。」

なまえの胸に手を添え乍ら、頭が囁き口付けをしようとした。

なまえはまた、心の中で舌を出し、口付けを受け入れようとした、次の瞬間。

「きゃー!!」

「な、なんだね君は?!」

同室で薬を堪能していた女性と男が悲鳴を上げる。一身に視線を浴びている、入り口にゆらりと佇む人影になまえも目を向けた。

帽子の、中也という名のポートマフィア。

彼が其処に立っていたのだった。

太宰が居たのだ、彼が居ても何ら不思議ではない。然し彼は会場内には居なかった筈。…不自然に手薄な警備の訳が、解った気がした。

それにしても此のタイミング…なまえは小さく舌打ちをして、こっそり太腿に隠してあったナイフを取り出した。

「誰か、誰か居らんのか!」

頭が大きな声で叫んだが、反応は無し。其の間に同室の男や女性らは、中也の手によって亡き者とされていた。

「ひぃ…だ、誰か」

「手前のお仲間は全て消したぜ。後は手前だけだ。」

中也はニィッと口の片端を吊り上げ嗤った。すると後ろから中也の肩をぽんっと叩き、もう一人のポートマフィアが現れた。

「会場内のお仲間を消したのは私だけれどねぇ、中也。」

「あァ?俺一人で充分だって言ったのに、二手に分かれようっつったのは手前だろ、太宰。」

肩に置かれた手を振り解き乍ら、中也が怒鳴る。
成る程、だからこんなにも静かで音楽だけが鳴り響いてるのかとなまえは腑に落ちた顔をした。
其の瞬間、動揺している頭は、なまえの首を後ろから腕で締め付ける様にして叫んだ。

「こ、此の女が、どっ、如何なっても、い、いい、いいのかぁ!」

動揺と薬で上手く口が回ってない頭を見て、ポートマフィア二人はぽかんとしていた。なまえは面倒臭そうな、呆れた様な溜め息を浅く吐き、一瞬で其の腕から抜け出す。

同時に先程取り出したナイフで薬中男の頚動脈を斬りつけた。
途端に血飛沫が上がり、なまえの顔やドレスに飛び散る。

程無くして、頭は事切れた。

ポートマフィア二人と暗殺者一人。なまえは脱出方法を考えていた。

「此の前とは、手口が違うんだね。」

口火を切ったのは太宰だった。

「…ご存知の通り、私は暗殺者なのです。こうも派手にやられては、暗殺も何もないではないですか。」

なまえはふっと嗤い、顔にかかった血飛沫を手で拭き取り乍ら答えた。

其の姿すら妖艶で、薄汚い野郎の血飛沫だというのに、まるで宝石でも纏っているかの様に見え、中也はなまえに見入ってしまった。

太宰はそんな中也を気にも留めずになまえに近づき、顔の血飛沫を拭ってやった。
殺意も感じず、手にはナイフを持ったままだったなまえは、其の行為を受け入れた。

次の出方によっては、ナイフで先程と同じ様にしてしまえば良い。相手がポートマフィアだから、出来るだけ荒事にはしたくないが…

なまえは微笑む太宰をじっと見つめ乍ら、そんな事を考えつつも太宰に質問を投げ掛けた。

「貴方様はこうなる事が解っていたのですか?」

「まぁ、ね。私達の目的は敵組織の殲滅、其れさえ出来れば誰が頭を殺しても構わなかった。君が今夜現れて、彼を確り仕留めてくれるだろうと思っていたよ。」

なまえは此の部屋に入る前の、太宰が見せた余裕の笑みを思い出していた。全て太宰は計算済みだったのだ。
無性に腹が立ってきたなまえは太宰を睨みつけた。

そんな事は気にせず太宰は続けた。

「唯、私としては、もう少し君と話がしてみたかったな…なまえちゃん。」

「…っ!」

太宰に名前が知れていた事に驚いたなまえは、手にしていたナイフを太宰へ振り切った。
ナイフは太宰の指を掠め、数滴の血が滴る。

「太宰!」

其の隙に太宰から距離を取るなまえ。然し、入り口付近には中也が居て逃げられなかった。

「手前、大人しくしやがれ!」

中也がなまえを抑え込もうとするが、なまえはひらりと避け入り口に近づく。
代わりに、ドレスの裾を中也に確りと掴まれてしまった。白い足が露わになる。

「…。」

なまえが中也を睨みつけたが、直ぐに驚愕の表情へと変わった。

「くっ…!な、何を」

突如として床に這い蹲る様な格好にされたなまえは訳が分からず、原因と思われる中也を見上げた。身体というより、ドレスが急に重くなり立っていられなくなってしまったのだ。

「やっと大人しくなりやがったな。」

前回の一件から、気に食わなかった女が目下で己に平伏す姿を眺めるのは、些か気分が良かった中也。
口端を吊り上げ見下し乍らそう言うと、後ろから肩に手を置かれた。

"人間失格"

「は?」

なまえのドレスの重みは元に戻り、直ぐ様体勢を立て直すなまえ。
驚き振り返る中也同様、なまえも太宰に視線を移す。

「太宰、手前…!」

「なまえちゃん、もうすぐ警察が来るだろう。早く此処から離れた方が良い。」

太宰は今にも噛み付いてきそうな中也を無視し、なまえに微笑み、続けた。

「近いうちに、また、ね。」

「…。」

なまえは太宰の言葉に違和感を感じた。また、とは如何いう事だろうか。仕事上で鉢合わせるという事だろうか。
其れとは少し違う意味がある様な気がして、なまえは太宰を見つめた。

然し、ひらひらと手を振られるだけで、其れ以上は何も言おうとしない。言う心算が無いのだろう。
中也は舌打ちをして、近くの机を蹴飛ばしていた。

警察が時期に到着するのは確かだった。
なまえは何も言わず踵を返し部屋を出て行った。

「…良かったのかよ、行かせて。」

中也は出て行くなまえの背中が見えなくなった頃に太宰に投げ掛けた。太宰はふっと笑い答える。

「また直ぐ会えるしね、私は。」

「は?俺は会えねぇのかよ?!」

「おや、会いたいのかい?」

にやりと嗤う太宰に中也は赤面し乍ら否定していた。

「さ、私たちも帰るとしよう。」

ぶつぶつと文句を言う中也を背中に、外へ出る。
何気なく空を見上げた太宰。

今宵は満月。

再会を飾るには、素敵な夜だった。


2017.03.24*ruka



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*confeito*