◆ 5 ご提案(PlanD)


私は任務後、其の足で首領の元へ報告に向かった。

報告しようと考えているのは任務の事だけではない。

今日の任務で大方の情報収集は完了した。出来る事なら一度、目の前で彼女の手法を確認したかったが致し方無い。

久々に人間相手に興味が湧いた。

噂程度には聞いていた。手口や後始末が鮮やかで、失敗しない。
其の代わり、報酬はかなりの高額を吹っかけられるらしい。専ら金持ち御用達の暗殺者と言われている。

然し報酬の支払いは、必ず成功後という契約を結ばされるらしい。彼女なりのプロ意識からなのか、単なる臆病者なのかは定かでは無いが。

そして情報提供者の全員が口を揃えたのは、容姿端麗。素晴らしいではないか。美人に最期を齎されるなんて。

それともう一つ。

暗殺方法は極秘。

依頼者から暗殺方法の指図は一切受け付けず、任務の遂行は単独のみ。
此れには例外は無いらしい。

一体何を隠しているのだろうね。

あの小さな身体に。

武器は見た所、先日同様ナイフのみ。
然も殺傷能力を期待するには心許ない、唯の護身用とも思える程度の大きさ。

今回は我々の介入もあって、大胆に喉元をソレで掻き切ったが、通常の使い方では無いだろう。粗末過ぎる。
中也も前回其のナイフは確認済みで、指紋一つ付着していなかったと言っていた。

けれども彼女は暗殺者。

それも暗殺を失敗したという話は無い凄腕の。

先日のヨコハマ倉庫街での暗殺は、標的が泡を吹いて死亡していた事から神経毒を用いたものと考えられる。

其れが極秘の彼女の暗殺方法なのだろう。

彼女のお陰で少しの暇潰しが出来そうだ。

却説、如何やって秘密を解き明かしてみせようか。

否、秘密と呼ぶには稚拙。

実のところ、九割程度は既に確信があるのだ。点と点を繋ぎ合せていけば、線となり、其れは浮き彫りになる。

私は彼女の暗殺方法というより、人間に興味があった。
彼女の目的は何なのか。これは唯の勘だが、金儲けとは違う気がする。
何の為にこんな危険な闇の世界に身を投じているのか。

時間を掛けて、ゆっくりと、少しずつ、暴かれゆく彼女の姿を想像する。

どんな表情をするのだろう。
安っぽく涙でも流すのだろうか。

私にどんな言葉を吐くのだろう。
赦しでも乞うのだろうか。

顔の表情筋が僅かに緩んだ。
手で口許を覆う。

一際豪華で大きな扉の前に立つ。
ノックで来訪を伝える。

「太宰です。ご報告に伺いました。」

中から入室を許可する声が聞こえた。
失礼しますと言い乍ら入室し一礼すると、広い室内に置かれた机に両肘をつき、背凭れの大きな椅子に鎮座する首領目掛けて、一直線に進んだ。

先ずは任務の報告を簡潔に済ませる。
見せしめが目的の組織殲滅の為、成功報告以外は有り得ない任務だった。報告なんて形式的なものであった。

「つまらない任務だったろう、ご苦労。」

つまらなそうに報告を聞いていた首領の労いの言葉を受ける。
何時もなら此処で失礼する処だが、私は「もう一つ」と続けた。

「珍しいね、何か面白い話でもあるのかな。」

「お話、というより、ご提案が。」

椅子の背凭れに凭れ掛かり乍ら反応を示した首領に、微笑みを向ける。私の提案という言葉に「ほぅ」と目を細めた。

「此度の任務の際に、一人の暗殺者と接触しました。
首領も噂程度ではご存知かと。」

「それで、其の暗殺者が如何かしたのかね。」

任務の際に他組織介入等は珍しい事では無かった。態と勿体振る様に話す私に催促をしているのだ。

「其の者はとても優秀です。同時に敵対すると厄介です。
そうなる前に」

「囲みたい訳だね。」

私の言葉を遮り、顎に手を当てて考えている様子の首領は、机に向けられていた視線を私に向け、続けた。

「よし、太宰くん、君に一任しよう。最適解を期待しているよ。」

思わず口の端が上がる。其れを誤魔化す様に一礼をし、礼を述べる。

「では、追ってまたご報告致します。」

入ってきた扉に方向転換し、一歩踏み出した時、制止される。

「ところで。」

私はまた首領に向き直り、はいと返事する。首領は入室した際と同様に、机に肘を着き両手を組んでいた。

「其の暗殺者の名は?」

「みょうじ なまえという者です。」

彼女の名前だけを伝えると、矢張り存在は知っていた様子で、「彼女か」と微笑まれた。
其の笑みの真意は今はまだ解らないが、一先ず部屋を出るべく再び首領に背を向けた。入口で一礼し、退室する。

退室と同時に態と大きな溜め息を吐く。

「…盗み聞きなんて、本当悪趣味だね。」

「うるせぇ。他の野郎に聞かれねぇ様に見張っててやったんだろうが。」

扉の前には壁に凭れ掛かり、腕を組み何故か不機嫌そうな中也が立っていた。何故私が不機嫌な顔を向けられなければならないのか、不愉快極まりない。

「彼奴を如何する心算だ。」

「はぁ…一番聞かれたら面倒な”野郎”に聞かれてしまったよ。」

見張りの意味は無いねと呆れ顔で中也に言うと、ムキになって反論してくる。本当に面倒だ。

「時期に解るさ。」

煩い中也にそうとだけ伝え、自分の執務室に戻った。
早速準備に取り掛かる。忙しくなりそうだ。


2017.04.19*ruka



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*confeito*